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果たせなかった約束 伝えられなかった言葉(3)

少尉にとって幸運であったことは仲間に恵まれていたことだ。狸道には二人の子供がいた。上の兄が白孤、妹が孤凜である。狸道とは違って犬耳の血が混じっているためか人間に近い姿をしていた二人の兄妹はどちらも母譲りの優れた剣士だった。狸道の妻である孤蓮は犬耳であり、少尉たちが逃げるときに時間稼ぎをしてくれた孤狼族の精鋭隊『百狼隊』の隊長であった。必ず合流から先に行くように夫と子に言い残して戦いに出た母親はついに帰ってこなかった。その話を聞くたびに幼い少尉の心は罪悪感に傷んだ。とあるきっかけでそれを兄妹に打ち明けて謝ったことがある。だが、二人はこう言ってくれた。

「母さんは立派に戦って散ったんです。誉れと思いこそすれ若を憎んでなんかいませんよ。」

「お母さんも私たちも若のお父様に拾ってもらわなかったら飢え死にしてました。その時のご恩返しができてあの人も嬉しかったと思います。」

その言葉に随分と少尉の心は救われた。そんな三人は良い修行仲間だった。父である狸道から厳しくも楽しく手ほどきを受けながら競うように剣の腕を上げていった。今でこそ銃しか使っていない少尉であるが剣の基礎や体裁き、そして柔術などの組内術もこの時に習っている。特に剣に関しては三人の中で一番優れていた。天稟というものがあったのかもしれない。相手の剣先の動きや身体の筋肉の動きによって次の攻撃がどう来るか何となくわかるのだ。実戦さながらの互角稽古の中でその才能は如何なく発揮された。

「ずるいなあ、若は。俺たちは5つも年上なのにたった一年で追いつかれてしまったよ。」

「白孤兄さんはサボりすぎなんですよ。若、今度は私ともう一度勝負しましょう。」

少尉によって一本取られて諦めた白孤に対して何度一本取られても孤凜は食い下がった。生まれつきの負けず嫌いの性分としては年下に負けるのが嫌だったのかもしれない。女の子に打ち込むのは気が引けたが、諦めずに何度も凛々しく攻撃を仕掛けてくる孤凜を好ましく思った。思えばこの時に少尉は孤凜のことを好きになったのかもしれない。そんな二人を狸道と白孤の親子は微笑ましく見守った。

狸道親子以外にも傭兵団には一人の古参兵がいた。名を孤斬と言った。孤斬はいつの頃からか傭兵団に入団していた。元は流浪の侍であったという。元々が寡黙で人と距離を置く孤斬を少尉は最初の頃は怖いと思っていた。孤斬の言葉や仕草の端々に狸道や白孤とは違う殺伐とした雰囲気を感じたからだ。

そんな孤斬と一気に仲良くなるきっかけとなる事件がある時に起きた。山で野営をしていた時に少尉はたき火を起こすための薪拾いをしていた。薪を拾うのに夢中になるあまりに行ってはいけないと言われていた森の奥まで行ってしまっていた。それに気づいた頃にはすでに遅かった。人間の味を覚えた人食い熊の縄張りに踏み込んでしまっていたからだ。剣に覚えはあったものの熊との戦いをしたことがなかった少尉はそれでも果敢に攻撃を仕掛けた。だが人食い熊の全身を覆う強固な体毛と皮膚は少尉の刀を簡単に弾いた。そして無造作に薙ぎ払った。刀で受けようとしたもののその剛力に吹き飛ばされた少尉は背後の木にしたたかに打ち付けられた。背中に凄まじい衝撃を感じて息ができない。そんな少尉に人食い熊は凶暴な牙を剥いた。殺される。本能的な恐怖を感じるが蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。そんな少尉に熊は突進してきた。その時、熊の前に立ちはだかったのが孤斬だった。彼は流水のような滑らかな動きで熊の横を通り過ぎていった。熊は突進したまま少尉の目の前で真っ二つになった。返り血で真っ赤になる視界の中で孤斬は声をかけてきた。

「…だい…じょうぶ…か。」

吃音のような声で孤斬は聞いてきた。その声は聞き取りにくいものであったものの声には優しさを感じるものがあった。

「…いなくなった…から…しんぱい…した。」

「探しに来てくれたの。」

「…おまえ…だいじ…。みんな…おまえ…いる…あかるい…」

そう言って孤斬はぎこちなく笑った。そして血まみれの少尉を抱えて傭兵団の野営に戻った。


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