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果たせなかった約束 伝えられなかった言葉(1)

その日、少尉は一人で寺の境内を歩いていた。片手には白百合の花束、そしてもう片方の手には風呂敷をぶら下げていた。箒で境内を掃いていた住職が遠くからその姿に気づいて会釈した。少尉も会釈した後に住職に話しかけるために歩み寄っていった。

「ご無沙汰しています。」

「真一郎君。そうか。もうそんな季節になったか。」

住職は少尉の持つ花束に視線を向けた後に目を細めた。少尉は苦笑いしながら、

「本当はもっと頻繁に来ればよかったんですが、なかなか休みが取れませんでした。」

「急ぎでなければ茶でも飲んでいきなさい。」

「ありがとうございます。では帰りに寄らせていただきます。」

少尉はそう言って再び会釈した後に墓場に向かう道に向かって歩いていった。住職はその後姿を見送りながら呟く。

「毎年、まめな男じゃな。」

少尉がこの寺にやってくるのは先の大戦で亡くなった孤狼族の兵士達の慰霊のためだ。戦争の中で死んで本土に骨を埋められなかった人間は英霊として国家が管理する神社に奉られる。だが、孤狼族はそうではない。人間でない彼らはその神社では奉られることはないのだ。それこそがこの国の抱える根深い亜人差別を証明する一つの歴史の象徴であった。住職はそんな孤狼族を哀れに思い、この寺に供養碑を建てたのだ。少尉が来るようになったのは供養碑を建てて数年たってからのことだった。それからは毎年この日にやってくる。少し前に聞いた話ではこの日が仲間たちの命日だったそうである。住職は静かに手を合わせた後に再び掃き掃除を再開した。



              ◆◇◆◇  




慰霊碑の前は奇麗に掃除がされていた。住職がきちんと手入れをしてくれているのだろう。心の中で感謝の言葉を呟いた後に枯れかけていた花を新しいものに差し替えた。そして蝋燭を燭台に捧げると火をつけた。そして懐から取り出した線香の紙箱から数本取り出すと火をつけて供えてから手を合わせた。数分の黙祷の後に目を開けると慰霊碑に向かって話しかけた。

「みんな、久しぶりだな。俺は元気でやっている。」

少尉は無意識のうちに『私』という一人称ではなく『俺』という言葉を使っていた。それは彼の心が仲間と過ごした頃に戻っている証拠であった。話しながら風呂敷を広げると中には小さな重箱と酒、そして数冊の本が入っていた。どれもが少尉の仲間たちが好きだったものばかりだ。

「狸道、遅くなって悪かったな。好きだった酒を持ってきたからこれで許してくれ。」

そう言って持ってきたお猪口で酒を注ぎながら自らも猪口に注いだ後に飲み干す。思い浮かぶのは少尉の率いる部隊の副隊長だった男の顔だ。孤狼族とは思えない巨漢でいつも大きな声で笑っていた。大酒飲みで酒が入るといつも得意の歌を歌って場を盛り上げてくれた人懐っこい男だった。

「それから白孤と狸大吾にはこれを持ってきた。」

そういって重箱を開けるとおはぎが入っていた。何時も戦地では甘いものが食べられないと嘆いていた部下達の姿を思い出す。戦争が終わったら一緒に甘いものを食べにいきましょう。そういって約束した二人の孤狼族との約束はついに果たされることはなかった。

「孤斬、また本を持ってきてやったぞ。冥府でゆっくり勉強してくれ。」

戦い一辺倒で育ってきたために読み書きができないと嘆いていた部下の姿を思い出す。戦場では誰よりも勇敢に戦っていたが、戦いが終わると無口でいつも仲間に字が読めないことをからかわれていた。戦争が終わったら読み書きを教える約束も結局果たせずに終わったのだ。

少尉が持ってきた品々の一つ一つに仲間たちとの思い出がこもっていた思い出がこもっていた。そして少尉は供えたユリの花を見つめた後に言った。

「孤凜、お前が好きだった花だ。」

そう言って少尉は初恋だった人のことを思った。そして本当は花と共に彼女に捧げたかった言葉を思い出していた。それはもう伝えたくても伝えることのできない言葉。



今回は少尉の過去の物語を描きます。

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