本日晴天お日柄もよく 寅之助ここにあり(7)
刀を突き刺した瞬間にコロは手ごたえのなさを感じた。刃が表皮にしか届いてないのだ。中の肉を貫くには刃の長尺が足りなさすぎる。ならば衝撃波で叩き切るしかない。そう思ってコロが刀を引き抜いた瞬間に百足はその体を大きくよじらせた。凄まじい横揺れに立っていられなくなったコロはその場から振り落とされた。なんとか地面に落下する前に着地した瞬間に百足の尻尾が振り落とされる。潰されたと思った少尉は叫んでいた。
「コロッ!!」
すんでのところでコロは攻撃をかわしたコロだったが、その額からは冷や汗が流れていた。
「いったん戻れ、戦術を組み直す。」
少尉の言葉に頷くとコロは剛鉄へと素早く戻った。コロの険しい表情を読み取ったのか少尉が尋ねる。
「どうした。」
「あいつ、表皮が厚すぎて僕の攻撃が通らないです。」
「…なかなかに厳しい戦場だな、おい。」
コロの攻撃が効かないとなればいよいよお手上げになってくる。敵が一体ならまだ油や油脂焼夷弾を使った攻撃が有効だろうが、視認しただけでも百足が三体はいる今の状況では弾切れになる可能性は非常に高い。地中に潜ってこちらの様子をうかがっている可能性もある。そんな少尉の危険予測をあざ笑うかのように地中から百足が飛び出す。
「―――っ!!回避しろ、剛鉄!!」
だが少尉の指示を聞いた剛鉄が動きを取る前に百足はその体を鞭のようにしならせると剛鉄に巻き付いていく。逃れようとする剛鉄を完全に捕縛する形で百足はその体を絞めつけた。ミシミシと車体がきしむ嫌な音と剛鉄自身の悲鳴が少尉たちのいる機関室にも響き渡る。切迫した状況の中で攻撃を行ったのは後を追ってやってきた虎鉄だった。驚いたことに虎鉄は線路の上にいなかった。車輪の代わりに列車の側面にキャタピラのような巨大なタイヤがついていてそれで地面をえぐるように走ってきていたのだ。その姿は列車というより戦車に近かった。敵の車線上に現れるなり虎鉄はガトリング砲による援護射撃を容赦なく放った。砲弾は百足の表皮で止まるかに見えたが、寅之助は構うことなく連射を行った。連射された砲弾による振動と衝撃が堪らなくなったのか百足は剛鉄を束縛から解放すると地下に逃れようとした。
「逃がさへんで!!」
寅之助はそう叫ぶと操縦席にあるレバーを引いた。同時に虎鉄の最後部から巨大な虎ばさみ型の牽引チェーンフックが放たれて百足の体を挟み込む。これこそがこはねが開発した虎鉄の主要兵装の一つ、「双牙」である。双牙は強烈な噛みつき力で敵の体に食らいこむ怪力を持つ。それだけではなく逃れようとする虫に対しての拘束力としての役割も十分に果たしていた。
「虎の牙の味、存分に味わいや!」
舌なめずりをしながら寅之助は叫んだ。百足が悶える姿を見て嗜虐心に火が付いたのか、顔色が興奮している。その姿を見ながら少尉は今が勝機であると悟った。
「負けられないな。剛鉄、あれをやるぞ。」
【了解しました。】
少尉が武装解放のレバーを引くと剛鉄の兵装が解放されていく。先端から触角のように主砲がその姿を現すと同時にそれを囲むかのように触手のような副腕が現れて六門の巨大な砲が武装されていく。零距離射撃二式『阿修羅』。剛鉄の主兵装を一気に放つ必殺の一撃。百足の体に潜り込むように接敵すると同時に剛鉄は七門の巨砲を一挙に解放した。同時に起こる凄まじい爆発と火薬の爆発によって百足の体が大きくえぐられて悶え狂う。
「うわっ、えげつなぁ……」
そのあまりの威力にはた目から見ていた流石の寅之助も絶句する。百足は一度だけ大きく跳ねるように悶えた後に大地に横たわった後にその活動を完全に停止した。一撃必殺。その言葉がまさしく相応しい攻撃であった。
「わいの援護が必要ないんやないか。」
半ばその威力に呆れる寅之助にこはねが声をかける。
「油断は禁物です。あれだけの攻撃は連発できないですから。」
こはねの手元には軍によって調査された剛鉄の武装資料があった。それによれば阿修羅はその一撃の威力は凄まじいが一つだけ致命的な弱点があることが記載されていた。それは弾数制限である。至近距離で主砲を放つことによる砲への負担は過大であり連続して放てば砲が完全に破損する危険性があるのだ。ゆえに一回の戦闘で一発きり。空冷するまでは主砲すら満足に撃てないだろう。
「あいつ何考えてんねん、そんなもん使ったらまともに戦えんやろが。」
「おそらく私たちがいることを加味しての戦術でしょう。」
こはねの言葉に寅之助は剛鉄に乗る少尉を見た。こちらの視線に気づいたのか少尉は身振り手振りで寅之助に伝達した。いわくお手並み拝見させてもらうぞ、そう言っているようだった。挑発を受けやすい寅之助は不敵に笑い返した。
「ほんなら黙って見といてもらおか。」
寅之助はそう言って残る百足のほうへ虎鉄を走らせた。
◆◇◆◇
挑発に乗りやすい奴だな。発奮して攻撃を仕掛けにいった寅之助を見て少尉は思った。ちはやをあんな色に塗ったセンスや性格にはあきれるが戦闘センスはなかなかのものである。加えて開発担当のこはねがほかにも様々な武装を載せているとすれば相乗効果で戦力としては一級品だ。あれならば単騎でも問題はないだろう。無論そのつもりはないが。
「剛鉄、主砲が再使用できるまでどのくらいかかる。」
【冷却時間が過ぎるまで5分程度は必要です。】
しばらくは援護射撃だな。少尉はそう思いながら虎鉄に続くようにして列車を走らせた。




