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本日晴天お日柄もよく 寅之助ここにあり(5)




                ◆◇◆◇




少尉と寅之助が不毛な罵り合いの泥仕合を終えるきっかけになったのは通信兵からの報告だった。近隣の街が複数の混虫に襲われている。それまでは醜い取っ組み合いの喧嘩を行っていたが、報告を聞くなり少尉はすぐに気持ちを切り替えた。

「おい、関西野郎。勝負はお預けだ。」

「誰が関西野郎や。ほんまにむかつく男やな、あんたは。」

荒い息をしながらお互いに顔を突き付け合わせた後に二人はお互いの列車に飛び乗った。コロやこはね達もそれに続く。有事の際の指揮系統がしっかりしている分、剛鉄のほうが先に出発していくのを悔しそうに見ながら寅之助は苛立たし気に唸った。

「随分早いやないか。王国最強の武装列車部隊というのは伊達やないというわけやな。」

「なんで少尉殿と張り合ってるんですか。」

げんなりしながらこはねが突っ込む。そんな彼女に寅之助はどや顔で答えた。

「強いもんには挑みたくなるのが男っちゅうもんや。お前だって金玉ついとるんならそう思わへんか、ちんちくりん。」

「私は女です。」

「そうやったかな。」

こはねの反論をさらっと流しながら寅之助は『ちはや』改め虎鉄の警笛を鳴らした。警笛がなった後に虎鉄の車輪がゆっくりと進み始める。徐々に速度を増していくのを見ながら寅之助は数週間前の出来事を思い返していた。




                ◆◇◆◇




『店を畳むやて。ふざけとるんかい、クソ親父!』

その日、事業主である父から家業を終わらせると知らされた寅之助は父親の胸倉を掴んでいた。息子の激高に社長である父は苦渋の表情を浮かべながら答えた。

『仕方ないだろう。このままでは債務超過で借金が膨れる一方だ。』

『あいつらさえ邪魔しなければこんなことにはならなかったんや。』

寅之助は忌々し気に憎しみを吐き出した。寅之助達の会社は民間の大手ゼネコンからの仲介によって土木作業用に使用する砂利や石を業者に納入する採石業者である。石を客先に納入するためには固定資産である山を購入する必要となるのだが、その山を購入するためには膨大な資金が必要となる。潤沢な資産家はともかく通常の会社はそれを借金として購入して十数年で返済するのが常だ。

寅之助達の会社もそれは同様だった。不況の憂き目に遭い、仕事が減る中で大きな仕事が舞い込んでいた。それは取引先との付き合いの中で知り合った一人の貴族の紹介による仕事だった。規模も期間も申し分なし。唯一のリスクは貴族の所有する巨大な山を購入することが条件であるということ。若干、その条件に不安も感じたが、目の前に現れた大きな仕事を失注するわけにはいかずに見切り発車で銀行から借金をして山を購入した。だがその後でまさかの仕事に失注の憂き目に遭い、寅之助の会社には膨大な借金だけが残った。随分後になってからそれが貴族とライバル企業による策略だと知ることになった。そして寅之助の会社には膨大な借金だけが残ったわけである。

『お前たちにはすまないと思っている。』

『あきらめんなや。ワイはあんたのそんな弱気なとこなんざ見たくないわ!』

父である社長の謝罪を寅之助は涙ながらに怒鳴りつけながら社屋を飛び出した。幼いころから寅之助は父親が嫌いだった。傲慢にして不遜。典型的なワンマン社長だった父親に反発するかのように学生時代から奔放に育った。学生時代を終えてからは親の制止を振り切って軍隊に入隊。戦争中に捕虜となって虜囚生活をしていたが持ち前のヴァイタリティがそれを許さずに虜囚仲間を蜂起させて見事に脱走。軍隊生活に嫌気がさして自社に戻ってきたわけだ。

会社に戻って父親の手腕を間近で見ることになった寅之助は徐々に父に対する見方が変わってきた。人間的には決して尊敬できないが、経営者としての手腕は一目置くほかない。寅之助なりに父を尊敬するようになった。そんな父があんなに肩を小さくして自分に謝っている。社員の給料を支払うために寝る間も惜しんで銀行への金策や仕事の営業で頭を下げて回っていることを後継者である寅之助は誰よりも理解していた。だから悲しかった。

『ちきしょう、ワシはそんな弱気なあんたは見とうないんや…』

不肖の息子から怒鳴りつけられた父はくやしそうであり、なによりも哀しそうだった。その表情は疲れ切っており、髪にはところどころ白髪がまじっていた。記憶の中にある自信に満ち溢れた父親とはまるで別人のようだった。そんな口惜しさとどうしようもない状況下で偶然に寅之助は知ることになる。混虫との戦いの最前線に送られる命の危険と引き換えに莫大な報酬が約束される『鉄道奇兵隊』の募集要項を。




                  ◆◇◆◇




「……さん、聞いてるんですか、寅之助さん!」

ふいにこはねに呼びかけられて寅之助は回想から我に帰った。自身の不覚に苦笑しながらも悪びれることなく言い放つ。

「すまんな、聞いてなかったわ。」

「もうっ!ではもう一度説明しますよ。街を襲っているのは複数の百足です。外壁の前で戦車部隊が応戦していますが突破されるのも時間の問題だという報告が上がっています。」

こはねの言葉に寅之助は引っ掛かりを覚えた。だから率直に疑問を口にした。

「待てや、そりゃおかしいやろ。」

「なにがですか。」

寅之助の疑問にこはねが怪訝そうな顔をした。そんなこはねの姿に寅之助は唇を尖らせた。

「戦術教本には百足は大人しいっちゅう話が書いてあった。鉄を狙うならともかく百足が進んで人を襲うなんてありえんやろ。」

寅之助の疑問にこはねは納得して報告書を読みだした。

「どうやらその街は鉄鋼資源が豊富で他の街に運搬を行ってるんです。」

「なるほどのう。奴らの狙いはその鉄鋼資源というわけや。」

得心した寅之助は操縦レバーを握りしめると運転に集中しだした。鼻歌交じりに目的地へ向かう寅之助の姿にこはねは嘆息する。

「意外にちゃんと戦術教本を読んでるんですね。」

「ワイのこと、阿呆やと思ってるんやないか。」

こはねの言葉に苦笑いしながら寅之助は剛鉄を追って街に向かった。



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