晴れ時々龍 ところにより大百足(5)
リムリィが見ていたのは昔の夢だった。
列車に乗って少尉達と旅をする以前の過去の夢。それはけして幸せな記憶ではなかった。
狐狼族と人間のハーフとして生まれたリムリィは幼くして両親と死に別れた。孤児となった彼女を拾ったのは真っ当な人間ではなかった。彼女を拾ったのは戦時下のゴタゴタの中で成り上がった人買いだった。彼はリムリィを人間としては扱わず、獣や奴隷に近い酷い扱い方をした。食べ盛りの子供に飯を満足には食わせず、言い付けを守らなければ容赦なく殴った。リムリィの身体から生傷の絶えることはなかった。それだけではなく、人買いはリムリィが徐々に成長して大きくなると嫌がるリムリィをその欲望のはけ口として利用した。泣き叫べば泣き叫ぶほど、彼はリムリィを果てしなく凌辱した。彼女の心は容赦なく壊れ、全てのことに対して抵抗することをやめた。彼女が全てに絶望し、その全てに対して反応を諦めかけた頃、彼は現れた。その日もリムリィは人買いに蹴られていた。生傷もアザももう慣れっこになっていた。泣き叫べばこの男をもっと喜ばせるだけだ。両目を塞ぎ、耳を塞ぎ、固く口を閉ざしながらリムリィは相手の暴力が止むことを待った。
『そのぐらいでやめておけ。』
彼が現れたのはそんな頃であった。
『犬耳を人間様がどうしようが勝手でしょう。それとも貴方がこの犬を買ってくださるというのでしたら話は別ですが。』
『そうか。』
軍人は頷くと懐から財布を取り出すと幾許かの小銭を取り出した。
『これでいいか。』
『は?馬鹿にするな!こんなはした金で…』
軍人は人買いが何かを言い終える前に握った小銭を人買いの口に無理矢理に突っ込んで黙らせた。
『これはその娘を買う金ではない。犬耳を人間扱いしない外道の命の価値の値段だ。駄菓子ほどもないお前のゴミのような命、俺がこの金で買い上げてやる。』
軍人はそう言うと人買いを殴りつけて地面に転がすと、容赦なく彼の顔面を踏み付け始めた。
ドゴドゴドゴドゴ。
まるで地面を踏み固めるように情け容赦なく、軍人は人買いを連続で踏みつけた。
人買いが意識を失いかけても、なおも軍人は暴力を続けて恐怖を植え付けることで完全に人買いの反抗心と彼のリムリィに対する執着を切った。 それがリムリィと少尉との出会いであった。
◇
剛鉄は暴走していた。その目的地は一直線に王都へ向かっていた。その目的を遮るものは例外なく排除する。それははっきりした自我ではなく本能めいたものであった。百足に侵食され、融合してから彼は自分が何者であったのか、はっきりと思い出すことは叶わない。ただ、一途に愛する家族に会いたいだけ。物思いにふける、そういった表現がこの生き物にとって相応しいかは分からないがその感傷は一撃の砲弾による衝撃により引き戻された。遠距離からの狙撃。剛鉄はたくさんある複眼にて狙撃してきた物体を認識した。それが列車砲を積んだ装甲列車であった。驚くべきことに走行しながら砲撃を行っている。剛鉄は列車を敵と認識した。再度列車から放たれた砲弾を彼はその器用な手で掴むと投げてきた方向へ正確に投げ返した。
◇
剛鉄より返された砲弾は着弾すると同時に「ちはや」が先ほどまで走行していた線路を地面ごと大きくえぐった。
「やっこさん、気が付いたようだな。」
「おかしいな。一撃目は着弾したんですけどね。」
「視認できない攻撃は返せないということのようだな。」
双眼鏡で剛鉄の様子をしばし眺めた少尉は何事かに気づいた後にため息をついて双眼鏡を降ろして眺めるのをやめた。
「どうです。主砲は効いてそうですか。」
「さあな。背中を叩かれたくらいは認識したんじゃないのか。」
「まさか。あれは戦車を一撃で大破させる威力なんですよ。」
少尉の言葉にコロはげんなりとした。「ちはや」自慢の砲弾もあの混虫の規格外なまでの異常な装甲にかかってはその程度の衝撃でしかなかったということか。ショックを隠せないコロに生暖かい視線を向けた後に少尉は地図を広げた。それはこの辺りの地形と線路図が描かれた軍部特有のものであった。
「いいか、この先の線路にて奴に接敵できるポイント、ここに奴をおびき寄せる。そのためにやることは分かっているな。」
「撃って撃って撃つまくってこちらの真意を奴に悟らせないことですね。」
「そういうことだ。さあ、楽しい楽しい戦争の始まりだ。」
そういって少尉は彼自身のトレードマークである引きつった笑みを浮かべながらライフル銃を掲げた。




