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本日晴天お日柄もよく 寅之助ここにあり(3)




              ◆◇◆◇




その日、剛鉄は追われていた。剛鉄を追うのは一匹の蜂である。異常な個体だった。体の大きさは通常の蜂の二倍。そんな大きさの質量の物体が剛鉄に攻撃を仕掛けるたびに車体全体が風圧で大きく揺れる。少尉は肝を冷やしながら怒鳴った。

「剛鉄、地中に潜れ!」

【駄目です。潜行しようとする隙を狙ってくる恐れがあり、推奨できません。】

「…コロ。飛んでいく銃弾に飛び乗って奴を攻撃できるか。」

「その後のことって考えてないですよね。」

「…まあな。」

コロの鋭い指摘に少尉は苦笑した。仮に飛翔する弾丸に乗って一太刀浴びせたとしてもその後の攻撃に対応することができないだろう。いい考えだと思ったのに。少尉は心の中でそう思いながら次の策を頭の中でひねり出した。

「そうだ。こういう時こそ犬耳娘の出番だ。司狼族の特殊能力とやらで救ってもらうことにしよう。」

少尉はコロに命じて客車にいるリムリィを強引に連れてこさせた。リムリィは戸惑いながらも少尉から状況回避の策を講じるように命じられた。しばし考え込んだ後に阿保の子のように笑った。

「…ごめんなさい。こういう時に何を考えればいいか分からないんです。」

「3秒だけ待ってやろう。」

片手に持っていた拳銃の撃鉄を起こしながら少尉は脅迫じみた笑みを浮かべた。涙を浮かべるリムリィから話を聞いてみると司狼族の特殊能力とやらを自由に操ることができないらしい。差し迫った命の危険や相手の状況次第ではこれまでも発動したということだが、現在の状況ではウンともスンとも言わないそうだ。役立たずの大飯ぐらいめ。心の中で毒つきながら少尉は次の策を講じようとした。そうこうするうちに車両全体を揺らすような衝撃が襲って少尉たちは床に投げ出される。

「なんだ、何事だ!!」

【後部車両に取りつかれました。現在、伍長殿達が応戦中です。】

「随分と積極的じゃないか。よほど腹を減らしていると見える。」

ただでさえ通常の二倍の大きさだ。食欲も胃袋もおそらく2倍に違いない。案外洒落にならない状況だと思いながら少尉は考える。

その時だった。突如として側面からの強烈な機銃の射撃により蜂の体が穴だらけにされる。機銃というよりは一発一発が小型の大砲のような威力を持った一撃だった。いうなれば連射式のガトリングキャノン。蜂は大きく身悶えて体液をまき散らしながら振り落とされると大地に堕ちていった。砲撃を行ったのは一編成の列車だった。列車が剛鉄に速度を合わせるように並走するのを見て少尉はコロに命じた。

「誰かは知らんが助かったな。貴車の助けに感謝すると送ってくれ。」

「分かりました。」

コロは遠距離伝達用の照明を使ったモールス信号で少尉の話した内容を相手列車に送り込んだ。しばらくしてから返ってきた信号はこうだった。

「『貴車の責任者と話がしたい。至急、停車願う。』と言ってきています。どうしますか。」

「ふむ。助けられた義理があるかな。要求を聞こうか。剛鉄、止まってくれ。」

【承知しました。】

少尉に命じられた剛鉄は速度をゆっくりと落とした後にその場に停車した。その側面を謎の列車は停止する。奇妙な列車だった。武装列車であることは先ほどの混虫への攻撃から分かったが、異様なのは積荷のコンテナである。正規のコンテナとは一線を画す重装甲で覆われたそれは何かの兵装を忍ばせているような異様な雰囲気を醸し出していた。最もそれよりも人目を引いたのはそのカラーリングだった。黄色を基調とした黒の縞柄は虎の毛皮を思わせる異様に目立つ色だった。

「助けてもらってなんだが、随分と悪趣味だな。」

「…ですね。」

少尉の呟きにコロが同意する。あの色では隠密行動などには不向きで仕方ないだろう。列車の形状自体はどこかで見覚えのある形はしているが、おかしなカラーリングをしているせいか思い出すことができない。なんとなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

そんなことを考えながら虎柄の列車の近くまで歩いてきた一同の頭上から笑い声が聞こえてきた。

「ぬあっはっはっは!!噂の剛鉄もたいしたことがないのう!」

いったい誰だ。そう思って頭上を見ると虎柄列車の天井に一人の軍人が仁王立ちで立っていた。太陽を逆光にしているためにその表情を確認することはできない。

「誰だ、貴様は。」

少尉は怪訝そうな表情をしながらも尋ねた。尋ねながらも懐の拳銃を取り出そうとしている辺りに警戒を怠っていないのがよく分かる光景だった。男はそんな少尉の所作に気づくことなく調子よさそうに続ける。


「ワイの名は山本寅之助!!新たにこの虎鉄とともに鉄道奇兵隊に配属された軍人や!よろしゅう頼むで!!」


「鉄道奇兵隊?」

聞き慣れない言葉に少尉とコロ、そしてリムリィは顔を見合わせた。その疑問に対して補足を行ったのは虎柄列車から出てきた一人の孤狼族の少女である。

「鉄道奇兵隊は独立遊軍のサポートを行うことを目的として作られた実験部隊です。皆さんのサポートのほかにも新兵器の試作開発のための運用を兼ねています。」

「こはねじゃないか。」

「お久しぶりですね、皆さん。」

少尉の驚きにこはねは照れくさそうに微笑んだ。


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