本日晴天お日柄もよく 寅之助ここにあり(1)
陸軍の組織構造は東雲の反乱ののちに大きく様変わりすることになる。東雲の反乱に参加した亜人排斥派の政治家や貴族達は東雲の自白によって罪状を全て白日の下に晒されて残らず失脚、ないし投獄されることとなる。国内に残ったのは亜人差別や過激な思想を持たない穏やかな人種のみとなった。
軍部の過激派一派は動乱のさなかで残らず姿を消した。その背後には亡霊の騎士団の手引きがあったものと思われる。そして孤麗と天龍王の采配の下で新たな陸軍の組織再編が行われたのである。
今回の組織再編の中で一番目立ったのは独立遊軍を中心とした組織編制である。今回の一番の失態は各独立遊軍と中央との指揮系統が曖昧であったことであった。真偽を確認する上でも独立遊軍との連絡は密に取る必要がある。それまで陸軍の古株達に疎まれていた各独立遊軍との指揮系統を再度見直すことによって来るべき危機に備えるというのが孤麗と天龍王の共通の認識であった。再編の中で本当は抜けてしまった東雲の席に少尉を宛がおうと天龍王が画策したのだが、彼はそれを強く断った。自分はあくまで独立遊軍の立場で王国に貢献するという立場を崩さなかったのである。
そして今、大本営にある天龍王の執務室の机の上には一つの書類が置かれていた。書類に目を通しながら天龍王は思案した。
「面白い経歴の持ち主だな。家業の借金を支払うために志願するなどは異例中の異例だぞ。」
「その借金の額が凄まじいのです。」
「一体いくらだというんだ。」
天龍王が怪訝な顔で孤麗に問いただす。冷静な表情のまま孤麗は取り出した算盤から金額を叩き出した。出された金額に流石の天龍王も顔を青ざめさせる。
「冗談だろう。桁が三桁くらい間違ってないか。」
「それが間違いないようです。」
「何を買ったらこんな恐ろしい金額になるんだよ。」
自分ですらここまでの金額はなかなか出てこないぞ。天龍王の疑問に孤麗は静かに答えた。
「山ですよ。」
「山だと。」
「ええ、道路整備に使うための石を集めるためのようです。」
孤麗の説明に首を傾げながら天龍王は書類に再度目を通した。「ふうむ、採石業ね。」と呟きながら書類を読み続けた。手持無沙汰になった孤麗は傍らに置いてあったお盆の上に載せていた急須にお湯を注ぎ始めた。ゆっくりと急須の中の茶葉が開くのを待っていると再び天龍王が話しかけてきた。
「…重機の操縦以外に列車免許まで持っているのか。」
「神聖フェンリル帝国の捕虜になっていた頃に列車の操縦も覚えたようです。」
「あの極寒の地でよく生きていられたものだ。ほかにもおかしな特技満載だな。」
ふうむ、と天龍王はしばし思案した後に書類を机に置いた。天龍王の様子を眺めながら孤麗は湯呑にお茶を入れると王に差し出した後に自分の分を口にした。
「すまんな。」
「いえいえ。」
二人して茶を啜りながら机の上に置かれた資料を眺める。複数重ねられた書類の一番上には新規独立遊軍立案書と書かれた表題がつけられていた。
「車両はどうする。こいつの個性を生かしてやるなら列車のほうがいいだろうが、武装列車なんてそんなになかったはずだぞ。」
「そこは大丈夫です。大破したアレを復旧させてますから。」
「あれ…だと。」
天龍王の質問に孤麗は悪戯めいた微笑みを浮かべた。




