血の雨警報 敵は大本営にあり(7)
胸の傷の手当てを受けた天龍王はおもむろに起き上がった。血が足りていないせいか立ち上がった瞬間に軽い眩暈を起こしてよろける。その姿に慌てて駆け寄った孤麗の肩を借りながらも彼はしっかりした意思を持った瞳で尋ねた。
「どのくらいの奴がクーデターに加担したんだ。」
「東雲中将と陸軍の半数です。」
「5万か。どいつもこいつもやってくれる。」
溜息をつきながら天龍王は観客席の亜人排斥派が集まっていた箇所を見た。
「あそこにいなくなった奴らも同じと考えていいだろうな。孤麗、反逆した貴族のリストは起こせるか。」
「少々お時間を頂ければ。」
「できるだけ早めに頼む。」
それだけを頼むと天龍王は孤麗の肩を借りることをやめてしっかりした足取りで大地を踏みしめた。そして彼を心配する国民たちに向かって告知する。
「心配をかけたようだが俺はこの通り健在だ!心配することはない!」
天龍王の言葉に会場内は一瞬静まり返った後に大歓声が起こった。その場にいた皆が王の生還を心から喜んでいるのだ。中には感激のあまり涙を流しているものまでいる始末である。
「みんな、ありがとう。だが喜んでばかりもいられない。なぜならば我が国を脅かす不穏分子が王都を乗っ取っているからだ。」
国民に知らせる気なのですか。天龍王の発言に孤麗が驚いて問いただしそうになる。それを目で制すると天龍王は演説を続けた。
「皆を守るのが国家元首たる俺の役割だ。だからこそ皆は今しばらくここで待っていてほしい。約束しよう。天龍王の名にかけて王都にはびこる悪鬼どもを根こそぎ滅ぼすことを!!」
そういって天龍王は拳を大きく突き出した。それに呼応して多くの国民が天龍王の名を呼んだ。それは大きな波のように会場全体に伝わっていき、天龍王を讃える大合唱が始まった。その声援を満足そうに受けながら天龍王はその場から歩み始めた。彼の行く手を阻まないように人の群れが真っ二つに割れていき、その合間にできた道を王は悠然と歩いていく。その後に続くのは近衛兵と会場に集まった有志の兵士達だ。その中には武器を手にした都民の姿もあった。
「天龍王様、ご出陣!!」
天龍王の後を数えきれない数の軍靴の整然たる歩みの音が続いていく。まるで大きな龍の群れとなった兵士達を率いながら天龍王は会場を後にした。
◆◇◆◇
「天龍王が生きていただと!」
配下から受けた信じられない報告に東雲は目を瞠った。直接確認したわけではないが死んでいなかったというのか。驚きを隠せない様子で真向かいに座る虚を見た。
「すっげ、まるでゴキブリ並みのしぶとさだな。」
げんなりした様子で虚は溜息をついた。考えられる中で最悪の事態である。すでに反対派の貴族たちを集めて決起集会を行う段取りをしていた中でこの流れは非常にまずい。そう物思いに耽ろうとした矢先に轟音が響いた。
「何事だ!」
東雲が怒鳴って周囲を見渡すと配下の兵が慌てて部屋に駆け込んできた。
「申し上げます。天龍王の率いる兵による砲撃です。この建物自体がすでに攻撃対象になっています。」
「すぐに周辺の兵を呼び集めろ。私も討って出る!」
東雲はそう叫ぶと戦闘準備を始めた。その姿を虚は冷めた目で見つめていた。
(頃合いか。潮時だな。)
天龍王が健在である以上、自分たちに勝ち目はない。東雲には悪いがここは犠牲になってもらうほかないだろう。
「東雲中将、助けはいるかい。」
「たかが若造一人。物量で押し切ってみせるわ。」
馬鹿だな、こいつは。救いようのない馬鹿だ。虚は彼我の戦力差を冷静に見ることのできない東雲に呆れた。見限ったといってもよかった。
「そうか。じゃあ、頑張れよ。」
虚はそう言って目の前の空間を歪曲させるとその中に入ってその場から姿を消した。その姿に東雲が舌打ちをする。
「臆病風に吹かれたか。所詮は志なき烏合の輩よ。」
いまさら子供一人いなくなったところでどうにでもなるわ。東雲はそう思いながら部下を伴って部屋を後にした。




