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血の雨警報 敵は大本営にあり(5)




                 ◆◇◆◇ 




突如として風景が一変したことに少尉達は絶句した。確かに室内にいて東雲を追い詰めていたはずである。だというのに見上げる先には天井などなく青空が繋がっていた。いったいここはどこだというのか。

「あいつ…何をしたんだ。」

直前に現れたあの子供が何かをしたのは間違いない。だが、精神攻撃の類にしては感覚が生々しすぎる。周囲を見渡すと少尉と同様にこの場に送られてきた部下たちが目を白黒させている。自分と同様に混乱しているのだ。

「少尉殿、ご無事ですか。」

「ああ、なんとかな。」

「いったいここはどこだというのでしょう。」

そう言った後にしばらく周囲を見渡していたコロが驚きの声をあげる。どうしたというのか。コロの指さす先を見て少尉も絶句した。遥か遠くに見えたのが王都の姿だったからだ。馬鹿を言うな。さっきまであそこにいたはずじゃないか。状況が見えずに呆然とするしかない少尉達に背後から声がかかる。

「まんまとしてやられたぜ。」

「剣狼!お前も無事だったのか。」

「あんたと同じで悪運だけは強いんでな。」

「言うようになったじゃないか。」

苦笑いをお互いに浮かべた少尉は剣狼に現在の状況を尋ねた。剣狼は苦々しい表情で言い放った。

「直前で行く手を遮ったガキがいただろう。あいつの仕業だ。」

「奴は何者なんだ。」

「組織の幹部の魔将校『虚』。空間を自在に操る能力を持つサディストさ。」

「空間操作能力だと。」

記憶が確かならば海を越えた東の大陸の小国にそういった能力を持った特殊部隊がいたことを思い出した。だが戦争の影響でその国は滅んでいるはずである。その生き残りだろうか。さらに気になったのがそんな能力者が剣狼の所属していた組織の人間であることだ。

「なぜ反政府組織の人間が東雲と行動を共にしているんだ。」

「わからねえが、最初からグルだったのかもしれねえな。」

考えられることだ。東雲が最初からグルだったとするならばこのクーデターも最初から仕組まれていた出来事だった可能性がある。

「情報が筒抜けだった可能性があるな。だがそれよりも今は……」

少尉はそう言い淀んだ後に視界の先にある王都を見た。かなりの距離を離されてしまった。絶望的な距離だ。このままではクーデターが成功するのも時間の問題だ。どうしようもない失態を悔やんで拳を大地に叩きつけた。

「虚とか言ったな。次に会ったら八つ裂きにしてやる。」

血が出そうな勢いで歯を噛みしめながら少尉は心にそう誓った。




                ◆◇◆◇ 




その頃、リムリィはどうしていいか分からずに立ち尽くしていた。幼子を連れた王妃が天龍王と対面していたからだ。王の死を聞かされて堪らなくなって駆け付けたのだろう。最愛の人を亡くした人間にどう接していいか分からずに涙が出そうになった。王妃の前では孤麗が涙をこらえながら頭を下げていた。

「王妃様、私がついていながら本当に申し訳ありません。この失態は一死を捧げることで報います!」

そういって懐から取り出した懐剣を引き抜くなり喉を突き刺そうとした。それを止めたのは王妃だった。彼女は孤麗の腕を掴むと強引にひねって懐剣を取り上げた。その反応速度は常人のそれを圧倒的に上回るものであった。

「国政に携わるものが簡単に死ぬなんて言ってはいけないわ。」

にこやかに王妃が言い放つと孤麗は力なくその場に膝を落として泣き始めた。

そんな彼女の頭を優しく撫でた後に王妃は横たわる天龍王の下へ向かった。横たわる夫のすぐ横に座り込むと悲しそうに微笑んだ。一見すると夫の死を悲しむ未亡人であったが、片腕に懐剣、片腕に赤子を抱えるという猟奇的な姿だったために誰も声をかけることができなかった。王妃は天龍王の横顔を哀しそうに見つめた後に話しかけた。

「貴方も同じですよ。いつまで死んでいるつもりですか。」

その場にいた全員が王妃の発言に凍り付いた。どうしたというのだろうか。最愛の人の死に気が触れてしまったのだろうか。皆がどう声をかけていいのか分からない中で王妃は懐剣を地面に置いた後に優しく王の髪を撫でた。

「いい加減に寝たふりはやめてください。皆が困っているでしょう。」

あくまでも表情は笑顔なのだが、その笑顔は見ているものの不安と恐怖を誘発させる不気味なものだった。



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