血の雨警報 敵は大本営にあり(4)
少尉達が目指すのは大本営の中枢に位置する天龍王の執務室だった。大本営を制圧するならばそこに東雲がいるであろうことが予測されたからだ。それは奥に行くにつれて徐々に増えていく警備兵の数から裏付けられるものだった。現れる警備兵達を一瞬の下に片付けながら少尉達はまるで無人の荒野を行くかのように突き進む。血煙の中を軍靴の音を響かせながら歩むその姿は悪鬼羅刹を思わせるものであった。実戦経験の少ない警備兵たちはその姿に圧倒される。だが、少尉達は立ちはだかるものに容赦をしなかった。
「立ちはだかるものは全て排除する!覚悟のないものが我らの前に立つな!」
苛立ちを隠しきれずに少尉は警備兵たちに怒鳴った。部下は上司を選べないのは重々承知の上だが、今の自分たちに容赦をする余裕も義理もなかった。
「東雲―――っ!!隠れてないで出てこい!!この卑怯者がっ!!!!」
怒り狂いながら少尉は怒鳴った。怒り狂っているのだろう。あまりの怒りの怒鳴り声に周囲の窓ガラスがビリビリと震える。まるで虎の咆哮だ。叫びを聞いた警備兵たちは恐怖のあまりにすくみ上った。そしてその叫びは執務室にいた東雲と虚にも聞こえていた。
「下賤の者は礼儀も知らぬようだな。」
下賤の者に卑怯者だと言われることに東雲は強い嫌悪感を示した。そんな東雲の様子を興味深く見つめながら虚が尋ねる。
「僕も行こうか。」
「手出しは無用だ。」
そう冷たく言い放つと東雲は銃器を身にまとうと部屋を後にした。ソファに寝転がっていた虚は年に不釣り合いな冷酷な表情になった後に言った。
「あくまでも駒だけど。まだ死んでもらうと困るんだよね。」
そう言った後にソファから起き上がって立ち上がった。
◆◇◆◇
東雲が少尉達を迎え撃ったのは中央にある大ホールだった。二階に繋がる螺旋階段の上から東雲は少尉達を見下ろす。その前には武装した多くの警備兵たちがいた。東雲の姿を発見した少尉は怒髪天の勢いで怒鳴る。
「東雲昭道っ!!恥知らずの簒奪者が!!王に変わり引導を渡してくれる!!」
「吠えるな、下郎が!地獄に行くのは貴様のほうだ!!」
東雲が合図するとともに暗がりから凄まじい数の伏兵が現れる。少尉達を囲むように現れた兵達の数はゆうに少尉達の3倍以上。そのいずれも銃器で武装していた。
「…囲まれたか。」
流石の少尉もその頬から冷や汗を流す。だが、すぐに指示を出した。
「剣狼!」
「おうよ、剛魔合身!!」
剣狼の叫びと共に両拳を叩きつける。同時にその身が屈強な装甲に覆われていく。蜘蛛を思わせる化身と化した剣狼はその両腕から粘着性の糸を射出させると二人の兵士を捕縛した。そして力任せに振り回していく。まるでヨーヨーを振り回すように人間を使って兵士達をなぎ倒されていく。少尉はその隙を見逃さなかった。場が混乱する中で軍刀を抜刀すると螺旋階段を駆け上った。それを遮るのは数多くの警備兵だった。
「コロ!」
「はい!」
少尉の呼びかけに応えたのはコロだった。一瞬にして少尉の前に立ったコロは腰に差した刀を瞬時に抜き放った。剣閃が放たれた後に警備兵たちが力なく倒れていく。一瞬にして東雲を遮るものが排除された。その早業に東雲は顔色を青ざめさせる。その東雲目がけて少尉は軍刀を振り上げて迫る。
その両者の間に一瞬にして現れたのは虚だった。
「やらせないよ。」
そう言うと同時に虚は少尉達の目の前の空間を歪曲させた。何が起きているのか分からないままに少尉達はその場から姿を消した。
「あいつは虚!まずい!!」
「逃がさないよ、犬っころ。」
虚はそう言うと同時に剣狼目がけて掌をかざした。同時に剣狼の周囲の空間が歪んで曲がっていく。剣狼が離脱する前に空間は捻じ曲がって剣狼を吸い込んだ後に消えていった。一瞬のことで何が起きたのか分からない東雲が呆然と虚に尋ねた。
「何をしたんだ。」
「空間転移でこことは離れた場所に飛ばしたのさ。」
あまり離れてはいないだろうけどね。心の中でそう呟きながら虚はその場を後にした。




