血の雨警報 敵は大本営にあり(3)
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戻ってきたコロから付近の状況を聞いた少尉はしばし思案したうえで作戦を考え始めた。少尉の予想通りに周辺は武装した兵士によって包囲されている。こちらに市民がいることから場内に乗り込んでくるような無茶はしないだろうが、出ていこうとする人間には容赦はしないだろう。
「正面から出ていくことは避けたほうがいいだろうな。」
現状を口に出したうえで自分たちが置かれた状況について思案していく。彼の脳内にはすでに何をすべきかという段取りが組まれていた。あとはそれを行動に移すだけだ。
「孤麗、まずは都民達にこの場で待機するように伝えてくれ。下手に動けば彼らに危険が生じるからな。」
「真兄さまはどうなされるんですか。」
不安そうに孤麗が尋ねる。不測の事態が起きたせいか普段の冷静沈着さが失われているように感じられる表情だ。極力、心配をさせないように笑顔を意識しながら少尉は答える。
「剛鉄で大本営に殴り込みをかける。」
「待ってください。相手は駐留軍の半数なんですよ。」
孤麗は青ざめながら少尉の蛮行を諫めようとした。だが、少尉は諦めるつもりはなかった。下手をしなくても自殺行為なのは百も承知だ。だがやらなければならない理由がある。孤麗に少尉は言って聞かせるように話しかけた。
「クーデターは時間が過ぎれば過ぎるほど攻めづらくなる。混乱している今だからこそ攻める意味があるのだ。」
少尉の言うことは正論であった。クーデターは起こした後に声明を行って政権を乗っ取ったことを表明することではじめて完了する。要は国民に周知させるのだ。それを行う前に首魁の首を取ればクーデター自体が失敗にできるはずである。少尉が目指す青写真はまさしくそれであった。
「舐めた真似をした連中を生かしておくわけにはいかない。先に逝ったあいつのためにもな。」
そう言った後で少尉は横たわる天龍王を見つめた。もはや起き上がることのない友の亡骸を眺めながらその胸中には自責の念だけが残る。なぜお前が死ななければならないのだ。理不尽だ。直接犯でないであろう東雲を倒すことは奴当たりに過ぎないのかもしれない。だが今は誰かにこの怒りをぶつけなければまともではいられそうにない。
「出ろ、剛鉄!」
【お呼びですね。】
少尉の呼びかけに応えて地中から巨大な機関車が現れる。少尉とコロ、そして剣狼は素早く車内に乗り込んだ。孤麗はその姿を見送りながら祈りを捧げる。
「どうかご無事で。」
その言葉が少尉に届いたかは分からない。だが彼らに迷いはなかった。
◆◇◆◇
大本営の敷地にある中庭に突如として剛鉄は現れた。車内から飛び出したのは少尉とコロ、剣狼、そして少尉の配下の古強者達だ。彼らはいずれも複数の銃器で武装していた。
「我ら、これより修羅に入る!向かうものはすべて敵と心得よ。」
「応っ!!」
少尉の言葉にコロと剣狼が応えるかのように抜刀した。騒ぎを聞きつけてやってきた複数の兵士達が銃を乱射する。その全てを二人の孤狼族は叩き切っていた。そしてその合間を縫って古強者達が銃で反撃する。複数の銃撃を受けて兵士達はその場に倒れ伏せる。
「雑魚にはかまうな、狙うは東雲の首ただ一つ!」
「応!!」
「行くぞ、敵は大本営にあり!!!」
軍靴の音を響かせながら少尉達は殴り込みを開始した。騒ぎを聞きつけた亜人派の兵士たちは必死に応戦するが、本気になった少尉達を止めることは困難であった。理由は明白である。本土で実戦をあまり経験してこなかった兵士達と常に混虫との戦いに身を置いて生き残ってきた少尉の部隊では潜り抜けた修羅場の数が違うのだ。銃弾の雨あられの中を少尉達は何事もなかったかのように歩み続けていく。その光景は防衛側の兵士達にとって恐怖でしかなかった。
曲がり角に入ったところで潜んでいた兵士がナイフを振りかざして少尉に白兵戦を挑む。コロと剣狼を制して少尉はそれに応じると普段は絶対に抜かない軍刀を抜いた。受けから弾きの二太刀で兵士の手からナイフを弾き飛ばすとその勢いのまま軍刀をその手ごと壁に串刺しにした。あまりの激痛に兵士が悲鳴を上げるが彼は容赦しなかった。真っ赤に目を充血させながら少尉は言い放つ。
「地獄の閻魔に会ってこい。」
その言葉に兵士は顔色を青くする。その表情を少尉は冷ややかに見下ろした。
「襲ってくるからにはすでに殺される覚悟はできているだろう。」
「いひゃ、いや!できていま…」
命乞いらしき反論を殺意の籠った眼光で黙らせると兵士のズボンから床にかけて失禁による染みが広がっていく。苛立ちを隠せずに少尉は兵士の顔を殴って気絶させた後に軍刀を引き抜いて血をぬぐい取った。
「覚悟もない奴が戦場に立つんじゃない。」
すでにここは戦場なのだ。元は味方の軍勢とはいえ容赦をする気は一切ない。冷たい目で気絶した兵士を見下ろした後に少尉達はその場を後にした。




