晴れ時々龍 ところにより大百足(4)
「なんだよ。最後まで聞けよな~。」
話を遮断されてつまらなそうにしながら天龍王は辺りを見渡した。常人ならば立っているのも困難な中でも平然としている、それには理由があった。天龍王、つまりはこの国の王家は伝説に語られる神獣である『龍』の血を引いていると言われる。龍の血に覚醒したものは常人を遥かに越えた『神威』と呼ばれる力を得る。風圧の影響をまったく受けないのもその神威の力の一つだ。神威がどのくらいの力を持つかといえばたった一人で乗り込んで戦車を所有する一個師団を素手で、しかも無傷で全滅させられるくらいの力といえばご理解いただけるだろうか。
実質、国のトップがわざわざ出向くのには理由がある。下手な兵器を使うより彼が戦ったほうが強いからだ。だが、いくら強いといっても不死身ではない。戦場に出れば死ぬ危険も当然出てくるのだ。
「ったく、どいつもこいつも心配しすぎなんだよ。俺からしてみたらお前らのほうが心配で見てらんねーのによ。ん?」
誰に言うでもなく天龍王はそう呟いた。そして後部車両から何者かが天井によじ登ってくるのに気づいた。
「ん?なんだ、あいつは。」
誰ともしれない何者かは頭から出た犬耳をぺたんとへたらせたまま、危なかっしそうな挙動で天井に登ってきた。天龍王が見かけた犬耳は凄まじい風圧の中でぴょこりと頭だけ覗かせた後に何かを叫んだ。
「…い…すよ!」
何かを言っているようではあるが、いまいち声が小さくて何を言ってるのか分からない。列車の走るガタンゴトンという音に加えてビュウビュウ鳴る風の音に掻き消されてさすがの天龍王にも声がよく聞こえてこなかった。
「〇×△!!!」
「あぁ?何言ってるのかさっぱりわからねえぞ、あいつ。」
人影は何度か叫んだ後に自分の主張がまるで聞こえていないことに気づき、危うい足取りで天龍王のいる天井のほうへよじ登り始めた。よほど怖いのか遠目からでもプルプル震えているのが丸分かりだった。しばらく天龍王が人影を静観していると人影はなんとか天井によじ登った。そしてほぼ四つん這いに近い状態でフルフル震えながらこちらに近づいてきた。
「…ない…すよっ!」
(なんだよ、まだ聞こえないじゃねえか。…ん?)
天龍王が次第に苛立ちはじめた瞬間だった。おそらく線路の上にある何かを踏んだのであろう。列車が少しだけ揺れた。振動としては僅かなものだったが、不安定な姿勢だったのと戦術機動時のスピードがもたらす凄まじい風圧だったことも手伝って人影は見事にバランスを崩してよろけて列車から外に投げ出されそうになった。
(やばい!)
そう思ったのと弾かれるように天龍王が走ったのは同時だった。彼は常人離れしたスピードで一気に人影のもとに駆け付けるとその手を掴んで引き戻した。人影、つまりは犬耳の少女リムリィは目をぱちくりさせながら呆然と呟いた。
「あの…列車の上にいるのは危ないんですよ。」
「お前、まさかそれを俺に言いにきたのか。」
呆気に取られながら天龍王が尋ねるとリムリィは静かにこくこくと頷いた。天龍王は若干引き攣った笑みを浮かべた後に、
「お前が言うな。」
「あうっ!」
したり顔のリムリィのおでこにデコピンした。
◆
なんとも不思議な光景であった。凄まじいスピードで疾走する列車の天井に座り込む軍人風の男と犬耳の少女。ピクニックをするにはあまりにも不釣り合いな場所である。
「ああ、つまりあれか。お前さんは俺が列車の屋根の上にいるのを見つけて、これは危ないなと心配してわざわざよじ登ってきてくれたわけだ。」
天龍王の説明にリムリィはコクコクと頷いた。若干慣れていない人間と話しているせいか、彼女の人見知りの属性が発動してうまくスラスラとは話せないようである。
「…鰹節食うか。」
天龍王は何故か懐から鰹節の塊を取り出すとリムリィに差し出した。なんで鰹節を持ってるんだろう、そう思いながらもリムリィは差し出された鰹節を受け取るとハーモニカのように口に含み始めた。唾液から広がるじんわりとした出汁の旨味が口いっぱいに広がり、いつしか彼女のペタンと垂れていた耳はピンと張り、無意識のうちにしっぽをパタパタと嬉しそうに振り出していた。
「どうだ。うまいか、猫。」
「…犬、というか狼なんですが。」
「似たようなもんじゃねえか。」
天龍王は笑いながら自らも懐から鰹節を取り出すと同じく口に含み始めた。大の大人が会話もそこそこに鰹節をかじっているというのはなんとも面妖な光景だった。
「お前がリムリィだろ。」
「ご存知なんですか、えっと、てんりゅーおーさま。」
「龍でいい。ていうかここでは龍と呼べ。不敬罪でしょっぴくぞ。」
「は、はい!」
リムリィが恐縮して背筋を正すと天龍王は呵々として笑った。
「しょっぴくぞは冗談だよ。馬鹿正直に反応して面白い奴だな。」
「いえ、そんな、…からかったんですか。」
「まあ、な。」
顔を赤らめるリムリィに天龍王はいたずらっぽい笑顔で答えた。
◇
ふいに天井での話し声が聞こえなくなって、コロは首を傾げて少尉のほうを見た。
「心配なら見てきてやれ。」
苦笑いする少尉の言葉に頷きながらコロは先頭車両から出たあと、しばらくしてから帰ってきた。少尉はちらりと背後を振り返った後にため息まじりで言った。
「随分とでかいおまけを貰ってきたな。」
コロの両手には抱き抱えられながら眠りこけるリムリィの姿があった。幸せそうな寝息をあげるリムリィに苦笑しながらコロが話す。
「どうも天龍王様にお酒の相手をさせられて酔い潰れたようでして。」
「心配して声をかけた相手に酔わされてれば世話ないな。」
呆れまじりの深いため息をつきながら少尉は首をフルフルと横に振った。少尉の深い溜息を知ってか知らずか、リムリィはむにゃむにゃと幸せそうな寝息をあげながら眠り続けていた。
「はは…幸せそうな寝顔ですよ。」
「これから戦いに行くというのに、一体どんな夢を見ているんだかな。」
振り向くことなく、少尉は深い溜息をつきながら進行方向を真っすぐに見据えながら運転席のレバーを握った。




