血の雨警報 敵は大本営にあり(2)
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大本営の中はすでに東雲の息のかかった兵によって占領されていた。大本営の人間からしてみれば寝耳に水の話だった。訳も分からずに部屋の中に兵士たちが乱入してきたかと思えばあっという間に掌握されたのだ。平和な式典中ゆえの油断。中には抵抗しようとして負傷したものも少なくない。そういったものも一塊に捕らえられて大広間に集められていた。
「他愛ないものだな。」
捕らえられた兵たちを眺めながら東雲は軍の腐敗を嘆いた。前王が生きていた時代であればこうもたやすく指揮系統の中枢である大本営を掌握されることはなかったはずだ。全ては天龍王に承継されてからの規律の緩みが原因だ。許しがたい。東雲が裏切った背景にはそういった個人的な感情も含まれていた。
古くからの叩き上げの軍人であった東雲は前王を心から信望していた。崇拝していたとすら言えた。ゆえに前王を弑逆した天龍王に対して浅からぬ恨みを持っていたといえる。奔放な独断で数々の軍規違反を行ってきた天龍王に対して我慢を繰り返してきた東雲であったが忍耐の尾は今にも切れそうであった。それが妖精族を王家に招き入れることで切れた。これ以上、天龍王の政権に軍部のコントロールを任せることはできない。そういった感情の中で天龍王の暗殺の話を持ち掛けられた時、彼は運命じみたものを感じた。暗殺を計画した『亡霊の騎士団』は反政府組織であるが、陸軍内でも武器の横流しや情報の流出を行うことで秘密裏に協力を行っていた。詳細な計画を亡霊の騎士団の人間から聞き終えた東雲は自身の判断を疑うこともなく直ちに行動を開始した。軍部の中で自分に賛同する人間を増やして反乱に参加するように促したのである。彼に賛同したのは多くの古参の兵士と若い将校達であった。古参の兵士の多くが混虫に恨みを持つ妖精排斥の考えを持つ上で亜人差別を行う『人間至上主義』の人間達だった。彼らは口を揃えて野を這いつくばる亜人たちと自分たち人間が同じ扱いを受けることに不平等を感じていた。ゆえに東雲の提案は多くの古参兵の賛同を得られた。
そんな東雲にとって予想外だったのは若い青年将校と一般兵達にも賛同を得られたことだった。すみやかな拠点掌握が行えたのもそういった将校たちの協力あってのことである。しばし物思いに耽っていた東雲は人質たちが収容されている部屋を後にすると大本営の天龍王の執務室の中に入っていった。
「上手いこといったようじゃん。」
執務室の革細工のソファに深々とふんぞり返りながら少年が言う。亡霊の騎士団の幹部の一人『虚』である。見た目は少年であるがその実態は残虐そのものの危険人物だ。得体のしれない子供だ。こんな素性も分からない人間達の助けを借りる必要があるのだろうか、そう思いながら東雲は答えた。
「天龍王は本当に死んだのか。」
東雲の質問に虚は本当にうれしそうな表情で嗤った。子供が悪戯に成功したような心からの微笑みである。
「ああ、死んだらしいよ。まあ、軍部の掌握を行ってすぐにカウンタ―クーデターが起きないんだから間違いないだろう。」
「……ならばいいが。」
あの王がそんな簡単に死んだのか。疑心暗鬼は頭から離れなかった。そんな東雲の様子に虚は溜息をつく。
「陸軍の最高指導者の一人ともあろうものが随分と弱気じゃないか。そんなことでは困るぜ。あんたにはまだこれから色々とやってもらわないといけないんだから。」
虚の言葉に東雲は懐疑的だった。
「私に何を望むのだ。」
「拠り所がなくなった兵士を導くんだよ。亜人排斥の流れにね。」
そういって虚は狂気じみた瞳で東雲に打ち明けた。




