天龍王暗殺計画(12)【終】
観客席で惨劇を目撃した少尉は最初にそれが現実であることを理解できなった。脳が理解を拒んだのだ。あれほど強い人間が銃弾一発で倒れるなどあるわけがない。だが、床に広がっていく血だまりを見るとともに我に帰った。夢なんかではない。これは現実だ。そう理解した瞬間、少尉はだれよりも大きな声で泣き叫んでいた。それはまるで獣のごとき咆哮であった。泣き叫びながらも戦場で身についた体は反射的に動いていく。ここはすでに戦場だ。泣き叫んでいる場合ではない。戦場では冷静さを失ったものから死んでいく。彼はまず状況を確認するために天龍王のもとに走った。来賓席からグラウンドに飛び降りると同時に天龍王の下へ走る。彼の周囲にはすでに近衛兵が周囲の警戒を行っていた。遅い、貴様ら、いったい今まで何をしていたのだ。近衛ですら気圧されるような凄まじい表情を浮かべながら近衛を押しのけると王の下にたどり着いた。すでにそこには自分と同様に駆け付けた孤麗の姿があった。傍らのフィフスは同じく駆け付けた剣狼によって保護されているのが分かった。
「孤麗!」
少尉が呼ぶと彼女はハッと我に帰った。泣きながら必死に天龍王の体から流れる血を布で抑えようとしていた。だが、抑えても抑えても血が滲んで止まらない。
「真兄さま、どうしよう、血が、血が止まらないんです。」
心臓を撃たれたのだ。すでに事切れている。突如として起こった親友の死に少尉は泣きそうになるのを必死で堪えた。ふざけるな。亜人と人間が一緒に暮らせる場所を作り上げるのではなかったのか。志半ばで逝ってしまったというのか。その場で泣き崩れたくなるのを必死で堪えながら、少尉は極力冷静さを失わないように自分に言い聞かせた。
「孤麗。」
孤麗に呼びかけても彼女は呆けたように天龍王のそばから離れない。血まみれになることもお構いなしに心臓から流れる血を押さえている。
「孤麗!」
少尉は孤麗の腕をつかんだ。泣き笑いを浮かべる彼女の顔をまっすぐに見据えながら首を横に振った。
「真兄さま。王はお子さんが生まれたばかりなのですよ。王妃様にどう説明すればいいんですか。」
孤麗はボロボロと大粒の涙を頬から零しながら少尉に救いを求めた。
「孤麗。冷静になるんだ。こういう時にどうするか。俺が前に言ったことを忘れるな。」
「……泣くのは後でもできる。その時にしかできないことを忘れるな。」
「そうだ。」
孤麗の言葉は今の自分にとっても半ば自身に言い聞かせるような言葉だった。王が倒れた今、何が起きる予測がつかない。考えられるだけの対策を取っておかないと取り返しのつかないことになる。
「まずは王妃様とご子息の安全の確保だ。次いで都民の混乱がないように誘導を行え。」
孤麗は頷くと近衛と部下たちに指示を出した。次いで考えられることを思いつく順に言葉にしていく。
「狙撃したと思われる場所は特定できたか。」
「すでに精鋭部隊を向かわせました。」
孤麗の報告に少尉は頷いた。次いで考えられることはなんだ。ふと嫌な考えが浮かんで少尉は孤麗に尋ねた。
「孤麗。すぐに陸軍基地に連絡を取って亜人排斥派の動きを探らせてくれ。」
「どういうことですか。」
「どうにも嫌な予感がする。」
少尉がそう言って爪を噛んでいるのを孤麗は不思議そうに見ながら思考を巡らせた。そしてある考えに行き着いてゾッとなった。この状況で亜人排斥派の動きを確認することの意味の恐ろしさに気付いたからだ。孤麗の考えを裏付けるように通信兵が駆けつけてきた。
「申し上げます。王都陸軍内でクーデターが発生しました。首謀者は陸軍総司令の一人、東雲昭道、そして彼に扇動された亜人排斥派です。その数は駐屯軍の約半数以上と予測されます。」
こういう時の嫌な予感は当たるものだ。少尉は引きつり笑いを浮かべながら大地に拳を叩きつけた。




