天龍王暗殺計画(9)
会場へと次々に人々が入場していく中、少尉は手元の資料を眺めていた。記念式典の式次第である。国歌斉唱から始まり、次いで混虫によって犠牲となったものへの黙祷、そのあとに復興の立役者となった何人かの有識者への謝辞、そのあとに有識者代表による挨拶、そして天龍王による挨拶が行われた後に王子のお披露目となっている。一見すれば堅苦しい式次だ。このまま何事も起こらなければいいが。ふと周囲の様子が気になった少尉は双眼鏡を使って周囲を見渡した。第一に彼が気にした点は場内の警備の数である。
「なるほど。陸軍の精鋭と近衛による私服警備員が場内のいたるところに配備されているな。」
警備は完ぺきというわけだ。感嘆の溜息をもらしながら再び双眼鏡で眺める。しばらく観察を終えた後に気になる映像がちらついたためにその一か所を注視した。
「…どういうつもりだ。亜人排斥派の連中が一塊になっていやがる。」
げんなりしながら双眼鏡を下した。亜人排斥派の一派には権力を持った貴族も多く含まれている。彼らの中には天龍王によからぬ感情を持ち合わせているものも多い。万が一のことを考えると彼らの入場自体を禁止したほうが良いのだが、天龍王は皆を呼び集めたのだろう。
「私ならば絶対に呼ばないな。」
そういった意味での王の懐の深さを少尉は感じていた。そうこうしているうちに式典は幕を開けた。
◇
式典はつつがなく進んでいった。義務的にやらされる国歌斉唱や有識者の挨拶には辟易した。あくびを噛み殺しながらもなんとか意識を保つことに成功した少尉は周囲を見渡した。コロもほかの人間たちも自分と違って真面目に聞いている。真面目な連中だ。頭が下がる。前座の話など早く終わらせればいいのに。驚いたのは有識者代表の挨拶が亜人排斥派の貴族である倶烈であったことだ。亜人の下僕を奴隷のように扱うという噂で有名な屑である。実際もみ消しにはされているようだが何人もの亜人の使用人が行方不明になっているという事実も残っている。その噂を知っていたからだろう。挨拶が始まりだした瞬間にコロが露骨に顔をしかめた後に少尉に耳打ちする。
「なんであんな人が呼ばれてるんですか。」
「仕方ないだろう。王都復旧に資金を投入したらしいからな。」
「…納得いかないです。」
はした金だったようだがな。コロを刺激しないように少尉は心の中で呟いた。復興の援助をしたいと申し出た一般企業の中にあの貴族もいたのだが、他の有識者に比べて雀の涙の金額しか出していないのは天龍王から聞いている。それでも政府が他を差し置いて彼を代表挨拶に選んだのは亜人排斥派への配慮があったからである。
しかしその配慮も台無しになるくらいに貴族の話は酷いものであった。復興したからには高貴な人族と下等な亜人の居住区は別にしたほうがよいだの、雇用条件も人族の給与体系と種族的に劣る亜人の給与が同じなのはおかしい、早急に見直したほうが良いだろうなどとこの場で話すべきでないことを口にし始めた。下手をしなくても政府批判だ。見る見るうちに孤狼族やほかの亜人の少数種族達の表情が険しくなる。だが、倶烈は調子が出てきたのかますます発言をエスカレートさせていく。司会進行の人間達も流石に青ざめてしまい、制止をかけるべきかとざわつき始めた。その流れを強引に断ち切ったのは天龍王だった。彼はわざと拡声マイクの導線をその足に引っ掛けるとナイフのように断ち切った。途端にマイクの音声が途絶える。なにごとかと驚いた貴族を尻目に壇上に立つと会場全体に通るような大きな声で話し始めた。
「ああ、すまない。マイクの線を踏んづけて壊してしまったようだ。せっかくの話の途中だったのに。すぐに修理できそうかね。」
天龍王の質問に運営スタッフたちが苦笑いしながら首を横に振った。
「どうだろうか。倶烈殿。マイクなしでも話は続けられそうかね。」
挑発とも取れかねない天龍王の態度に倶烈は怒りのあまりに顔を紅潮させたが、マイクなしでは話すことができないことを悟ってうなだれた。
「素晴らしい話をありがとう。またの機会にお願いするよ。」
マイクなしでも拡声器並みの大声で天龍王はゆっくりとした拍手をしながら倶烈の話を強引に終わらせた。同時に観衆から大歓声が沸き起こる。唖然としたのは幕僚席に座っていた司狼大臣の孤麗である。王の悪い病気がまた始まった。今の行為は確実に亜人排斥派の反感を買った。せっかく亜人排斥派への配慮をしたというのに。個人的な心情としては拍手喝采を行いたいが少しは自重してもらえないものだろうか。そんな孤麗の心境など無視する形で天龍王は話し始めた。




