天龍王暗殺計画(8)
数日後。首都の総合運動場前にはたくさんの群衆によって長蛇の列が作られていた。皆が『王都復興記念式典』と銘打たれた行事に参加しにきた国民たちである。建前は復興記念だがその目的は先日に誕生した王子のお披露目を行うための催しである。皆、それが分かっていたから集まってきているのだ。王都中からきているのではないだろうか。強制参加ではないというのにこれだけの規模の人員が集まることに王の人気の程がうかがえた。
実際、前王に比べて天龍王の内政能力は優れていた。なにより民に慕われていた。重税をかけて国民を苦しめることもなければ前王のように強制徴兵によって戦いを強いられることもない。雇用対策も万全だった。就任して早々にインフラを整備するための公共事業に着手することで失業率を大幅に下げている輝かしい実績を残している。混虫に襲われた町があれば素早く救援に兵を向かわせるし、自ら災害復興の陣頭指揮や避難誘導を取ることも少なくない。民の中には混虫から襲われたところを直接救われたことで神のごとく崇めている者すらいる有様である。
彼の恐ろしいところはそんな有名人でありながら市井の民と気さくに接するところだ。そんな親しみやすさも手伝って天龍王は多くの王国民から好かれていた。会場の前にはそんな彼の息子の姿を一目見ようと集まった多くの人々が集まって熱気に包まれていた。
そんな群衆の様子を呆れるような思いで見つめている二人組がいた。少尉とコロである。普段とは違う真っ白な儀礼用の軍服を身に着けているのだが、着慣れないせいか随分と襟元を苦しそうにしていた。すでに軍関係者として場内に入っていた彼らは階下に見える民の様子を若干あきれるような思いで眺めていた。引きつり笑いを浮かべながら少尉が言う。
「冗談きついだろう、人間というのはここまで集まるものなのか。」
「王の人気の程がうかがえますね。」
笑顔で答えるコロに少尉は歯切れ悪そうに相槌を打った。そんな少尉の様子をコロは不審がった。
「どうかされたんですか。」
「暗殺者が紛れ込んでいても分からないと思ってな。」
確かに凄まじい人の数だ。王都のほとんどの人間が集まっているのではないだろうか。これだけの規模の人間がいては不審な人間を見つけることのほうが困難である。自分も護衛に参加するべきだったか。そう思いもしたが残念ながらそれは困難だった。少尉とコロ、リムリィの分の貴賓席まで用意されて断るほうが難しかったからだ。
「大丈夫ですよ。入場の際には厳しいボディチェックが行われているようですから。」
「だといいんだがな。」
相槌を打ちながらも少尉は胸の内に何か引っかかるものを感じた。こういう時の自分の勘というものは嫌になるほどよく当たるのだ。懸念する少尉の不安を差し置いて場内の入場が開始された。
◇
運動場の控室では天龍王と王妃の衣装準備とメイクを整えるためにたくさんの関係者が慌ただしく作業を行っていた。そんな二人の様子を剣狼とフィフス、そして孤麗とリムリィが少し離れた位置で気後れしながら眺めていた。
「突然連れてこられたかと思ったらいったいなんなんだ。」
状況が良くわかっていない剣狼がげんなりしながら呟く。彼からしてみれば地下に潜行していた剛鉄の中で待っていたらロクな説明もなく急に儀礼用の軍服を着させられて連れてこられたわけである。混乱するのも無理はなかった。フィフスもそれは同様だったが、綺麗なドレスに着替えさせてもらったのですこぶるご機嫌だった。
「ケンローとお揃いの真っ白だね。」
「おう、よく似合ってるぜ、フィフス。」
フィフスがご機嫌なのでよしとしておこう。そう考える辺りに剣狼は単純だった。嬉しそうな二人の様子を見ていたリムリィもなんだか嬉しくなった。
「なんだか私まで嬉しくなります。」
そう言いながらも自身の軍服も真っ白な儀礼用なため、いつもより浮かれていた。そんなリムリィの様子を孤麗は注意した。その表情はいつもより張り詰めたものだった。
「あまり浮かれないほうはいいわ。何が起きるかわからないから。」
孤麗の忠告の真意を掴めずにリムリィは首を傾げた。




