天龍王暗殺計画(7)
戦場での邂逅は数度あった。少尉にしてみれば彼女は警戒すべき特殊能力者であったし、王妃にしてみれば少尉の部隊は計略に長けた不気味な部隊であった。実際に戦ったのは数えるほどしかなかったが、一度は少尉の計略に嵌り、あやうく全滅しかけるという過ちを侵す羽目になった。その時の経験は王妃の中で強烈な印象として残った。
もう一人印象に残ったのが当時はまだ皇太子であった天龍王だ。自分の炎を全く恐れずに肉弾戦を挑んでくる一種の奇人。なおかつ炎の力に対抗するような力を秘めた王国の切り札。味方の兵を逃がすために必ず殿に立つ姿は敵とはいえ一種の敬意を払うものがあった。
そんな戦いの日々の中で人殺しを重ねていった彼女の精神は徐々にすり減っていった。元々から戦うことは好きではなかった。戦果を重ねることも裏を返せば死にたくないから行うだけだ。
彼女にとって不幸だったのは彼女が父王に正式な王位継承者として認められていなかったことだ。正室でなく妾の子。いくら戦果を重ねても神聖帝国にしてみれば所詮は使い捨ての道具に過ぎない。哀れにも彼女はそのことに気付かなかった。認めてほしいと願う彼女の心は決して届くことはなく、やがて感情の高ぶりとともに炎の力の制御ができなくなっていった。
そして決定的となった出来事が起きた。味方であるはずの父王の息のかかったものの計略に嵌められて戦場で殺害されかけたのだ。あまりに戦果を上げすぎた彼女が邪魔になったのだろう。突然、味方であるはずの部隊による銃器の一清掃射を食らって自分の部隊の仲間たちが死にゆく中で彼女の炎は暴走した。荒れ狂う焔は彼女を攻撃した部隊ごと周囲を焼き尽くしてもなお燃え盛り、街一つを消えることのない炎で埋め尽くした。彼女自身がすでに制御することは不可能だった。燃え盛る炎は同時に彼女の生命の炎である。それが尽きれば自分は死ぬ。どこで間違えたのだろう。どうすればよかったのだろう。涙を流してもすぐに蒸発してしまう状況の中で彼女は絶望した。もうこのままでいいと思った。父王に見捨てられた以上、自分が生きる意味も持たない。ならばこのまま燃え尽きよう。
そう彼女が絶望する中で引き留めたのが天龍王だった。自身も焼け死ぬ危険がある中で彼は一瞬も躊躇することなく彼女のいる炎の中心に飛び込んできた。そして彼女に生きる意味を問うて、なおかつ生きてほしいと懸命に説いた。天龍王自身が彼女の境遇に自分の境遇を重ね合わせていたのかもしれない。彼女の慟哭を自身の心に深く受け止めながら天龍王はその秘めた龍の力を開放して彼女を暴走する炎から救い出した。
◇
「そして私は王国の捕虜となりました。しかし夫の助けにより理不尽な目に遭わされることもなく暮らすことができたのです。」
王妃の邂逅に一同は黙り込んだ。こんな穏やかな人にそんな過去があったことに驚きを隠せなかったからだ。どう答えていいのか分からずに静まり返る中でふいに発言したのは少尉だった。
「確か王が口説きにいったのはその頃だよな。相談に乗った覚えがあるぞ。」
「あの時はびっくりしました。交際をすっとばしていきなり結婚を申し込んでくるんですもの。」
王妃の苦笑いに少尉も含み笑いをしながら意味ありげに天龍王を見た。視線を向けられた天龍王は憮然と答えた。
「頼むから忘れてくれ。」
むっつりとした表情をしているにも関わらず羞恥心から顔を赤くしている。耳まで真っ赤になっているのは真剣に恥ずかしいからだろう。そんな自分の夫を微笑ましく思いながら王妃はベッドからゆっくりと起き上がると揺りかごで眠る赤子を抱きあげた。
「でもおかげでこの子と巡り合うことができました。あの時に生きることをあきらめていたら今こうして幸せに生きることはできなかった。そう考えると夫には感謝しています。」
抱き上げたせいか赤子が薄目を開ける。その瞳を王妃は慈母のような優しい表情で見つめながら言った。
「私は幸せ者です。」
王妃は赤子を抱き上げたまま、少尉の前に立って微笑んだ。
「この子を抱っこしてくれませんか。」
「いけません、自分のようなものにもったいない。」
「貴方のような強い意志を持った兵士に触れてもらえればこの子も強く育ってくれると思うんです。」
いいのかな、そういった視線を少尉は天龍王に向けた。天龍王が静かに頷くのを見た後に少尉は決心して赤子を王妃から譲り受けた。受け止めた掌越しに布に包まれた赤子の体温を感じた。こんなに小さいのか。実際に抱き上げたことでその重みを感じて内心で驚いた。顔も体も小さい。掌などは小指を持つぐらいの大きさしかないんじゃないんだろうか。ふいに小指を差し出してみると赤子はそれを手で握りしめた。反射的な反応なのかもしれないが、その仕草は見る者の父性や母性を刺激するものであった。
「どうですか。」
「…思ったよりずっと軽いですね。でもこの子の未来を守るのが自分たちの使命だと考えるととても重く感じます。」
少尉がそう言うと赤子が無邪気な笑顔を向ける。どうしていいものか分からずに不器用な引きつり笑いをを浮かべる職業軍人を一同は優しく見守った。




