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天龍王暗殺計画(5)

広大な敷地の中を少尉たちは歩く。王都のどこにこれだけの緑があったというのか。色とりどりの花々が訪れた人間たちの眼を楽しませてくれる。来客用の大通りの両隣には大きな木々が植えられており、天然の隧道(トンネル)のようになっていた。木々の隙間から差し込む木漏れ日が何本かの光の柱のようになっており、見るものに心地よさを感じさせた。ふいに風がふわりと通り抜ける。風を受けてさざめく枝と葉のそよぐ音のみがかすかに響く静寂がただ穏やかに続くのみ。

「気のせいかな。完全にここだけ別世界のようなんだが。」

優雅すぎるだろうと内心で毒つきながら少尉は引きつり笑いを浮かべた。場違い感が半端なかった。普段から硝煙の臭いと血しぶきに慣れ切った彼には逆にこの優雅な雰囲気は異質なものに感じられた。

「場違いですよね。僕たち。」

同じくそれを感じ取ったのだろう。コロが少尉の発言に同意する。リムリィに至っては視界に入るものすべてを珍しそうに眺めては感嘆の溜息をつくというおのぼりさん状態になっていた。田舎から出てきた観光客か、お前は。口にこそ出さなかったものの少尉は内心でそう突っ込みを入れた。

「皆さん、この大通りを抜ければ天龍王様の別邸へ到着しますので今しばらくご辛抱ください。」

「随分と広いのだな。」

ざっと見で通路の奥行きだけでも一里(4.9km)ほどはあるのではないだろうか。ほかの施設や建物にも向かう枝分かれがされているため、さほど異常なことではないのだろうが歩き回るだけでも大変だ。案内なしで訪れれば確実に迷子になる。

「お前だったら確実に迷子だな。」

「むむ、バカにしないでくださいよ。孤狼族には自慢の鼻があるから大丈夫です。」

そう反論しながらも飛び行く珍しい蝶に注意を引き付けられるリムリィを見て少尉とコロは間違いなくこの子は迷子になることを確信した。

「勝手にうろうろしないように首輪でもつけつくか。」

「さすがにそれはやめてあげてくださいね。」

聞くものが聞けば亜人差別とも取れない軽口を叩いているうちに別邸の前にたどり着いた。




                ◇




別邸の前ではすでに天龍王が待ち構えていた。普段の軍服姿ではなくプライベート用の着物姿である。心から嬉しそうなのは気のせいではなかろう。

「真一郎、よく来てくれたな。」

「天龍王様。お世継ぎの誕生、心よりお祝い申し上げます。」

少尉がそう言って帽子を取って深々と頭を下げるとコロとリムリィもそれに倣った。天龍王はそれに破顔しながらも返答した。

「ありがとう、友からの祝福、心より嬉しく思う。」

そのあとで少尉の耳元でこっそりと囁く。

「堅苦しい挨拶はしなくていいからな。」

その様子を近くで見ていた早霧がわざとらしく咳払いをした。その様子に情けない笑みを浮かべながら天龍王は早霧のほうを見た。

「それでは私はお側で控えておりますので何かありましたらお伝えください。」

「おう、わかった。すまんな。」

早霧にしてみれば一応は私の眼があるので人払いしてからにしてくれということなのだろう。天龍王はそう理解した。早霧の姿が見えなくなると少尉が尋ねる。

「よくできた側近じゃないか。」

「口うるさいのがたまに傷だがな。あいつなりに父親から引き継いだ役目を全うしたいのだろう。生真面目な奴だ。」

早霧の父親も王家の側近だったのだと天龍王は教えてくれた。早霧の一族は王家に仕える御庭番集のような仕事を代々行うのを生業としてきた。彼女自身、幼いころより王家に仕えるための厳しい修行に耐えてきたのだという。その甲斐あってか実力は天龍王のお墨付きだ。現在は天龍王の一番の配下として、時には影となり、時には表舞台に現れて不貞の輩から王の身を常に護衛している。

「もっとも今は嫁さんと子供の護衛をしてもらっているがな。」

「その王子の顔を見に来たんだよ。」

「おう、そうだったな、悪い悪い。」

少尉の言葉に頭を掻くと天龍王は観音開きの大扉を開けて一同を別邸の中に案内した。整えられた宮殿の中は奥行きのある広さで見るものを圧倒した。白を基調とした内装の壁に溶け込むように大理石の銅像や高そうな調度品、そして見上げるほどの大きさの人物画が飾られている。ロビーの中央は木製の大きな階段が置かれており、二階へ繋がっているようだった。床一面には赤じゅうたんが敷かれており、その複雑な装飾からかなりの値打ちものであることを察することができた。

「金持ち……。」

ここまで貧富の差を見せつけられると逆に気持ちいい。普段は全然そんな素振りを見せないのに完全に目の前にいるのは別世界の人間だ。少尉の視線の意味に気付いたのか天龍王は気まずそうに笑った。

「やめろよ、そういうこと言うのは。本当は親父が亡くなった時に受け継いだ土地も美術品も全部売り払うつもりだったんだぜ。」

「でもそうしなかったんだな。」

「ああ、早霧を筆頭とした配下の連中に止められた。象徴の権威の一つなんだから絶対に売ってはいけないと諫められたよ。」

「なるほどな。」

側近たちの言い分を少尉は理解した。国のトップにいる人間が貧しいことは美徳となるが象徴に資金力がなければ他国に軽んじられる恐れがある。国民から略取する圧政を強いていない限り、外交的な意味も踏まえて財力はしっかりと示したほうがいいのだ。さらに言えば権力者はそれだけの財を所有する権利を持ち合わせる反面、有事の際には矢面に立って責任を取る責務がある。そんな話をしていると背後のリムリィがおずおずと尋ねてきた。

「あのう、少尉殿、天龍王さま。美術品のお話もいいのですが、早く赤ちゃんが見たいです。」

「だとよ、真一郎。」

全くお前というやつは。少尉は苦笑いを浮かべながら話を打ち切って赤ん坊を見せてもらうことにした。



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