天龍王暗殺計画(3)
◇
王都を訪れた少尉はコロとリムリィの二人を伴って大本営に向かった。剣狼とフィフスは留守番である。発表を公にしていない以上、大手を振って出歩くことは危険と考えたからだ。万が一に備えてこちらから呼ぶまでは剛鉄と共に地下にて待機するように言い含めているほどの警戒ぶりである。
途中で手土産を購入した後に大本営にたどり着くと例によって門兵が向けてくる冷たい視線を冷静に受け流しながら2階にある執務室に向かった。ふと気になったのはいつもなら絡んでくる東雲の姿がないことだ。出かけているのか。そう思いながらもあまり考えないことにして天龍王の執務室の扉を叩いた。
「どうぞ。」
聞き慣れた冷静な声が中から聞こえてくる。口元に笑みを浮かべながら少尉は執務室の扉を開けた。
「失礼します。」
入っていった先にいたのは司狼大臣である孤麗だ。知己の元気そうな様子を見ることができて少尉は内心で嬉しくなった。
「ご無沙汰ですね。真兄さま。」
鉄面皮の仮面を早々に外した孤麗の態度に少尉は内心で苦笑した。若干の照れのせいもあり、人差し指で頬をポリポリとかきながらもなるべく冷静に諭すように話す。
「ほかの人間の目もあります。ここでは特務曹長と呼ぶようにお願いできませんか。」
「またそんな意地悪なことを言って。では特務曹長、命令です。ここではお互いの肩書での呼称と堅苦しい口調を一切禁止します。これでよろしいですか、兄さま。」
敵わないな。この子には。少尉は内心でそう思いながら軽く万歳した。
「分かった分かった。俺の負けだ。孤麗。」
少尉の様子に孤麗は花が咲いたような笑顔を見せた。無邪気な笑顔だった。二人のやり取りを見て驚いたのは背後にて待機しているコロだ。二人の親しい様子を見て愕然となった。なぜだろうか。前に比べて少尉と孤麗のお互いの雰囲気が柔らかくなっているような気がした。孤麗のほうは分かる。だが、少尉の態度まで軟化していることは解せぬ。前のように事務的な態度でなく相手を受け入れるような優しい態度を孤麗に対して示しているのはどういう心境の変化か。聞いてみたい気もするが絶対に聞くべきではないだろう。なぜならば少尉自身が自覚しているか分からないからだ。下手に突けば少尉だけでなく孤麗の機嫌も損ねる気がする。ああ、だが聞いてみたい。自分の配下が目まぐるしく内心で葛藤していること等知る由もなく少尉は孤麗に風呂敷に入れた手土産を差し出した。
「手土産だ。受け取ってくれ。」
「これはなんですか。」
「お前がこないだ食いそびれたものだ。うちの不肖の部下がどうしてもと必死に頼むものでな。」
その言葉に孤麗は風呂敷の中身を察したようである。
「ふふ、ありがとうね。リムリィちゃん。」
「いえ、も、もももももももったいないお言葉です。」
緊張しすぎだろう。それともあれは怯えているのか。数歩跳び下がって後ろの壁に後頭部を痛打した後に土下座しだした自分の配下の姿を見て少尉は苦笑いした。なおも大名行列を前にした百姓のように土下座し続けるリムリィの姿に少尉は冷静に突っ込みを入れる。
「何に怯えとるんだ、お前は。」
見ると尻尾の先まで恐怖でぶるぶると震えていた。どれだけ孤麗が怖いというのだろうか。孤麗のほうを見ると笑顔を浮かべながらも引きつった笑みを浮かべているのが見て取れた。
「いえ、決して怯えているわけではありません。ですが司狼大臣である孤麗様の所有物に間接的に無礼を働いた以上、お許しをいただくまではこの頭をあげるわけには参らず…」
「リムリィちゃん、ちょっといいかしら。」
孤麗はリムリィを半ば強引に立ち上がらせると素早い動きで隣室へと彼女を連れ出していった。二人がいなくなった後に静まり返った部屋の隣から聞こえてきたのは悲鳴と何かを締め付ける音だった。
『痛い痛い痛い!!ちょっ、孤麗さんそこはこないだ少尉殿にもやられて…ギブギブギブ!!謝ります!!土下座もやめますからアイアンクローだけはご勘弁を!!』
リムリィの悲鳴の様子から扉の向こうで何が行なわれているのか察することができた。少尉は引きつり笑いを浮かべながら扉のほうを指さした。
「あのさ、コロ。いつもリムリィの奴に折檻加えている時って俺もあんな風かな。」
その質問には否定してほしいという少尉の心が若干は含まれていた。だが質問にコロは力なく頷いた。ため息をつきながら少尉は自らの行いを顧みた。
◇
隣室から戻ってきた孤麗は必要以上の笑顔だった。リムリィも笑顔を浮かべているもののその笑顔に力はない。随分と疲れているようである。
「話に戻って大丈夫か。」
若干遠慮しながら少尉が尋ねる。
「お見苦しいところをお見せしました。」
「随分と発散したようだな。」
「どうかお気になさらないでください。」
その不自然な笑顔が怖かったために少尉はそれ以上の突っ込みはやめて話題を変えることにした。
「お前は今回の王の決断についてどう思う。」
不意を突かれた真面目な質問の故に孤麗は若干の戸惑いを見せた後に答えた。
「奇手といいましょうか。正直にいえば悪手の類ですね。」
「やっぱりお前もそう思うか。」
同様の見解を得られて少尉は長い溜息をついた。その様子に孤麗は仕事上の冷たい心の仮面をつけると同時に続ける。
「王のお気持ちも分かりますが、あの一手を指すことで表立っては出てこない亜人排斥派の諸侯達の反発を一挙に引き受ける可能性もあります。大規模な反乱が起きる危険性もあるでしょう。」
「お前から王を諫めることはできないか。」
少尉の質問に孤麗は首を横に振った。
「あの方は正しいと思って意思決定されたことに対してはテコでも動きませんよ。」
「だよなあ。」
あの男はいつもそうだ。昔から人の話を聞くようで大事なところは聞かない部分がある。自分が正しいと思うことに関しては信念を曲げないのだ。それは士官学校の頃から何も変わっていない。
「私にできるのはこれから起こりうる事態に対処するだけです。そのためには真兄さまの力も借りることになるでしょう。」
「もう慣れたよ。あいつの尻拭いをやらされるのは。」
孤麗の言葉に肩をすくめた後に少尉は長い長い溜息をついた。




