天龍王暗殺計画(2)
「信用できるかっ!」
そう叫ぶと同時に襲い掛かったのは虚だった。彼は即座に魔弾の射手の目の前の空間を自らの能力でねじり切った。同時にぽっかりと黒い穴が開く。何もなくなった空間の周囲が誤差を埋めるかのごとく急速に吸い込まれていく。魔弾の射手は軽くバックステップすることでそれを難なくかわした。その隙に虚の背後から巨大な影が飛び出す。熊の獣人、ブラッドクルスだった。彼はその鈍重そうな見た目からは想像もできないような俊敏な動きで魔弾の射手の背後に移動して標的目がけて拳を振り下ろした。拳は宙を切った後でその勢いのままに大地を穿った。直後、凄まじい振動と共に亀裂が走って魔弾の射手の立ち位置を中心に大地に隕石が落下したかのような大穴が開いていく。その時すでに魔弾の射手は上空に跳んでいた。狙いを外したことにブラッドクルスは歯ぎしりしながら上空を睨みつけた。同時に隙を狙ったのは虚とオルフェウスだった。虚が空間に狙いを絞って再度の空間のねじ切りを行っている間にオルフェウスは内蔵していた武装を一気に解き放った。両手両膝、そして顔面と胴体からそれぞれ現れたのは機関銃を思わせる銃器だった。オルフェウスは目のモニターを伸縮させると魔弾の射手をロックオンして一気に発砲した。空間干渉能力と避けきれない数の銃撃。虚とオルフェウスは同時に「よし、殺した」と確信した。それを遮ったのは一機のバイクだった。風のごとく幹部たちの合間をすり抜けたそのバイクはあっという間に宙を飛んでいた魔弾の射手を拾って回避活動に成功していた。その間、およそ0.1秒。魔弾の射手は憮然とした表情でバイクに文句を言った。
「なんだよ、俺一人でやれたのに。」
【彼我の戦力差を推察するに介入が必要と判断しました。幼稚な矜持で命を粗末にされるのは愚行の極みであると進言します。】
「難しい言葉を使うなよ。うるさいなあ。」
驚くべきことにバイクが魔弾の射手に返答していた。まるで少尉と剛鉄のようなやり取りだ。そんなやり取りを見せながらも幹部たちに距離を取った後に銃弾を掲げた。それは先ほど壮年の男が机の上に置いていた龍殺しの弾丸だった。
「あいつ、いつの間に……。」
見えない速度で攻撃を避けられたのもそうだが、弾丸を持ち出したのがいつなのかも見えなかった。その機動性に虚は戦慄した。
「血の気が多い連中だな。心配しなくても依頼は果たすよ。」
そう言って魔弾の射手は一瞬だけ瞳を閉じて物思いに耽った後に虚達のほうを向いて嘲笑じみた笑みを浮かべた。
「あんたたちのためじゃない。全ては金のためだ。」
そう告げた後に風のごとくその場から去っていった。まるで嵐のような男だった。悔しさを表に出しながら虚は振り返って壮年の男に向かって叫んだ。
「あいつ、本当に信用できるのかよ!」
「安心せよ。奴はどうしても金が必要なのだ。命よりも大切にしている妹の命を救うためにな。万が一に裏切った時のことも考えておるよ。」
壮年の男はそう言った後で策謀じみた笑みを浮かべた。
◇
その日、剛鉄は王都へ向かっていた。珍しいことに非常時の知らせではなかった。剛鉄が向かっているのは天龍王主催の記念式典の招待状が届いたからだ。記念式典とはいかなることかと首を傾げるコロに少尉はにこやかに答えた。
「おそらく王都の復興が終わった記念と世継ぎが生まれたお披露目を兼ねた催しだろう。」
「え、お子さんが生まれたんですか。」
「今朝生まれたと知らせが来た。なんでもその式典で王子が生まれたお披露目とフィフスを養子にすることを大々的に発表するつもりらしい。」
「なるほど。平和な式典なんですね。安心しました。」
亜人排斥の反対派が何を言い出すか分からないがな。心の中でそう思いながらも少尉はそれを口にすることはなかった。余計な心配をかけたくないのもあるが何やら胸の中に原因不明の不安を感じていたからだ。口に出せばそれが現実化するようで言葉にすることが躊躇われた。
「軍の礼服、まだちゃんと持っているだろうな。」
「僕は大丈夫ですがリムと剣狼の奴は持っていませんね。」
「仕方ない。王都についたら仕立て屋にいくことにしよう。日数的にもまだ余裕があるはずだからな。」
実のところ、式典前に親友の子供の姿を見ておきたいこともあって早めに到着するように段取りしていた。若干の不安は残るが王都につくのが楽しみであった。そんな少尉の心を示すかのように空は鮮やかに晴れ渡っていた。




