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天龍王暗殺計画(1)

漆黒の闇の中で異形の生物達が蠢いていた。彼らが崇めるのは不規則に揺らめく水色の命の炎。それは彼らにとっての神であり象徴であった。炎に照らされて背後の壁に浮かび上がるのは今ではもう失われた帝国の旗だ。それに傅くように異形達は集う。異形達が影の中で蠢く大空洞内の中央には巨大な大理石の長机が置かれており、それを囲むように屈強な軍服姿の男たちが座っていた。何人かの男はフードを被っているせいかその表情を伺い知ることはできない。祭壇の奥から現れた壮年の男が席に着いた後に辺りを見渡す。

「刻限になったので会議を始めるとしよう。…虚の姿が見えないようだが。」

「僕ならここにいるよ。」

闇から染み出すかのように空間を湾曲させて一人の少年が空いていた席から姿を現す。その手に持っているのは二人の人間の生首だった。少年は無造作にそれを机の上に転がす。

「アジトのことを探っていたから殺してきた。」

突然の血なまぐさい光景に他の男たちが無言となる。そんな中で興味を示したのは少年の真向いの席の男だった。異様な風体の男だった。全身が機械の身体に覆われている。無機質なその見た目は人間というよりは機械そのものだった。両眼にはまっている特殊なレンズをカメラのズームアップのように伸縮させながら生首をしばらく観察した後に言った。

「登録データトノ照合ヲ確認。王国ノ諜報員ノヨウダナ。」

「はは、さすがはオルフェウス。便利な体をしているね。」

「ワタシノ体ノ全テハ王国ヲ打倒スル目的デ作ラレテイルカラナ。諜報部ノ情報モアル程度ハインプット済ミダ。」

「未登録のデータが必要なら殺してくるけど。」

「殺シテシマッテハ必要ガナクナルダロウ。ソウイウノハ本末転倒トイウンダ。」

「それもそうか。」

淡々とそう話すオルフェウスに虚と呼ばれた少年は愉しそうに嗤った。突然に話を中断された壮年の男は二人の殺伐なやり取りに言葉を失った。見るに見かねた一人の獣人が口を挟む。

「あまり場を茶化すな、(うつろ)。」

「へーい。」

巨大な熊の獣人だった。その身体は真っ赤な体毛に覆われており、体のあちこちに戦いでつけたものであろう古傷が刻み込まれている。その巨躯は常人のゆうに三倍はありそうであった。睨まれただけで気の弱い人間なら気絶してしまうような凶悪な殺気を身に纏っている。苛立たし気に虚と呼ばれた少年を睨みつけるのだが、少年は全く気にしていないようである。どころか舐めきった様子でさらに挑発する。

「ブラッドクルス将軍は真面目なんだから。」

「今の俺を将軍と呼ぶな。」

挑発されたと感じたのか熊の獣人が席から立ち上がろうとする。ほう、やるのかよ。虚と呼ばれた少年もそれに応えるようにその凄まじい量の殺気を解放した。その時であった。奥の席に座っていた一人の男が床に刀の鞘を叩きつけた。突き刺すかのような勢いだった。同時に凄まじい熱風が吹きすさんでその場にいた全員が彼に注目する。自身の全身を刺されるような殺気を感じたからだ。

(しずかにしろ)。」

男は全員に命じた。呪縛を掛けられたかのように皆が言葉を発せなくなった。場を完全に舐めきっていた虚ですら手に汗をかいている自分に気づいた。同時に理解した。完全に格が違う。あの男に逆らうことは自分達の死を意味する。場が静寂を取り戻したことを確認した後に男は再開を促した。

(はじめてくれ)。」

壮年の男は冷や汗をかきながらも会議を開始した。




                ◇




壮年の男は大理石の机の上に置かれた水晶球に映像を浮かび上がらせた。そこに映っているのは王国の最高権力者である天龍王であった。

「この男に恨みを持つものは多いことと思う。」

壮年の男の言葉に場にいた数人が頷いた。場を茶化していた虚ですら苦々しい表情で水晶球を睨みつけていた。

「殺せるもんならとうに殺しているよ。」

「荒ぶる龍の化身、天龍王。この地上最強の男にして我ら最大の敵だ。」

(すみやかな)(しをのぞむ)。」

殺気をあらわにしながら男たちは口々に呪詛の言葉を口にした。『亡霊の騎士団』にとって天龍王という男がどれだけ野望の妨げになっているかと理解しやすい光景であった。興奮する男たちを制するように促した後に壮年の男は続けた。

「もしこの男を殺せる手段があるとすればどうするかね。」

「正攻法で殺せない相手をどうやって倒すんだよ。」

白けた様子で虚が反論する。虚自身が実際に何度も暗殺を試みたことがあるのだが、結果は等しく失敗に終わっていた。一度、王の家族を人質に取ったことがあるがその時は最悪だった。家族を人質に取られた天龍王は怒り狂い、逆鱗化と呼ばれる凄まじい怒りの力を解放した。その上で生きていることが嫌になるくらいに酷い目に遭わされたのだ。虚にとって天龍王を相手にすることは天災を相手にすることに等しい。それはその場にいた他の人間達も同じ認識だったようだ。場の空気が張り詰める中で壮年の男は机の上に一つの弾丸を置いた。虚は怪訝な表情でそれを眺めた後にあることに気づいて表情を変えた。

「おい、これってまさか。」

「流石は波動で分かるようだな。左様。黒司龍の心臓を貫いた龍殺しの槍の欠片から作り上げた弾丸よ。」

壮年の男が虚の察した内容を補足するように説明する。黒司龍とは天龍王の始祖の血を連ねる荒ぶる龍である。太古の昔に青龍から生まれてその凶悪な性質のままに暴れ狂い、それを止めようとした天龍王の始祖によって葬られた。その際に使われたのが龍殺しの槍と言われている。その刃先はどんな龍の闘気や鱗をも貫くという。

「これを使って奴を仕留める。そのためにこの男を組織に引き入れた。」

壮年の男が指さした先には一人の青年が立っていた。見覚えのない男だった。虚が怪訝な顔をする中でオルフェウスと呼ばれた機械人間が立ち上がり、興奮気味に視界を伸縮させた後に叫んだ。

「アノ男ハ魔弾の射手!」

「魔弾の射手だと!」

虚は絶句した。組織の重要人物を殺して回っている超危険人物だ。どれほど遠くの距離でもターゲットを確実に仕留める腕を持つ死神だ。だが奴は王国に属しているはずだ。壮年の男に促されて歩み寄ってきた魔弾の射手に虚は敵愾心をむき出しにして叫んだ。

「何故貴様が手を貸すというんだ!!」

「金がいるんだよ。どうしてもだ。そのためなら主殺しであろうと甘んじて受けるさ。」

そういって魔弾の射手と呼ばれた王国一の射撃手は全てを絶望したような暗い表情で嗤った。


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