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閑話休題 毒を喰らわば皿まで(8)【終】

ふいに寒気を感じて天龍王は背後を振り返った。何か嫌な予感がする。まさか新たな混虫が出現する前触れだろうか。首を傾げる国家元首を不思議に思ったリムリィが声をかける。

「どうかなさいましたか。天龍王様。」

「いや、何か取り返しのつかないことをしたような予感がしてな。」

歯切れ悪く言いながらも天龍王は深く考えずに目の前のおはぎを食べることに専念した。共にお相伴に預かることになったリムリィとフィフスはすでに幸せを噛みしめていた。

「美味しいですね、このおはぎは。」

「普通のやつよりうまいな。いつも孤麗が部下に買い出しさせているのを拝借してきたから当然と言えば当然だが。ん、どうした。」

急に膝元におはぎを落としたリムリィを見て天龍王は怪訝な顔をした。声を震わせながらリムリィは尋ねた。

「それって孤麗さんの分を奪ってきたということですかね。」

「うん、そうなるな。」

返答を聞いたリムリィの表情がみるみるうちに青くなる。おそらくはこの間の腕を掴まれて怒られたことを思いだしたのだろう。よほど怖かったのか涙目になっている。その反応を見て天龍王もまずいことを仕出かした気分になってきた。食べ物の恨みは怖いというが軍略に明るいあの娘が切れたら何を仕出かすか分からない。そう考えると珍しく寒気がした。

「ママ、王様に死相が見えるよ。」

追い打ちをかけるようにそれまで黙っていたフィフスが恐ろしいことを口走ったので天龍王は顔を引きつらせた。

「おい、ちび助。冗談でも恐ろしいことを口走るなよ。」

「妖精族にはそういうのが見える時があるから。」

フィフスの言い分を振り切るように天龍王は首を横に振った。だが、嫌な想像が止まらない。帰った途端に書類の片づけで一週間ほど軟禁されるような気がしてならない。気のせいだろうか、命の危機を予測する龍眼が一瞬だけその光景を映し出したような気がした。

「しばらくこの列車で厄介になるかな。ほとぼりが冷めるまで。」

引きつり笑いを浮かべながらも割と真面目に天龍王は呟いた。

「馬鹿なことを言わないでくれませんかね。」

剣狼を伴って客車両に入ってきた少尉は話を耳にするなりそう言ってから溜息をついた。ただでさえ居候が増えて収拾がつかないのにこれ以上に自由人を増やされては堪ったものではない。

「いいじゃないか。独立権限を認めているんだ。そのぐらいは許してくれよ。」

「ほかの独立遊撃軍を当たられたほうがよろしいのでは。」

「お前以外の連中はあいにくと連絡が取れないことが多くてな。」

二人のやり取りを聞いていた剣狼が首を傾げて尋ねる。独立遊撃軍のことが気になったからだ。

「なあ、独立遊軍ってのはいくつもあるのか。」

「なんだ、自分が配属される部隊が気になったか。」

剣狼の疑問に天龍王がにこやかに答える。剣狼は別にそういうわけじゃねえけどよ、とごにょごよ言った後でそっぽを向いた。だが、耳をピンと張って話を聞き逃さないようにしているのは興味がある証拠であろう。その様子を察して天龍王と少尉は苦笑した。

「独立遊軍というのは元々正規兵ではなく自由裁量で動ける軍のことだ。混虫がどこで現れるか分からない昨今では特定の基地に配属された正規軍だけでは対応できないことが多い。だからこそ考えられた仕組みさ。」

天龍王の説明はこうだった。王国には7つの独立遊軍が存在する。そのどれもが正規軍を上回る特殊な武装と戦力を持ち合わせている。何もない時は各地を回っているが有事の際には集結して国を守るために死力を尽くすのがその役割だという。

「ここにいる特務曹長も剛鉄という独立遊軍を率いている。確かお前のところは第五遊撃軍だったか。」

「ええ、ですがほかの部隊にはあまり出会ったことがないですね。」

「国の外に出て戦っている連中もいるからな。」

国外に出て傭兵のように混虫と戦っている部隊もいるという。そんな連中までいるのかと剣狼は驚いた。剣狼が所属していた組織が把握していない情報だったからだ。剛鉄ですら単騎で大型混虫と渡り合うことができる。そんな連中がほかにもいて有事の際に一斉に集結したとしたら。予想される戦力の凄まじさを想像して剣狼は言葉を失った。

「気遅れるなよ。お前もこれから組織される第八独立遊撃軍を率いるんだからな。」

剣狼の反応に天龍王は苦笑しながらもその肩に手を置いた。そんな二人の様子を少尉は傍目で見ながらも傍らの席に座るリムリィの様子に気づいて声をかけた。膝の上におはぎを広げているが全く手をつけようとしていない。いつもなら人が話をしている最中も意地汚く食べ続ける食いしん坊がどういう風の吹き回しだというのか。

「なんだ、おはぎがあるのに食べないのか。」

「い、いえ。これには深いわけがありまして。」

「いらないんならもらうぞ。」

「ひいっ!!」

無造作に一個取ると口の中に入れる。同時に広がる優しい甘さに少尉は顔を綻ばせた。それに反比例するようにリムリィの顔が青ざめる。

「どうしよう、あと2個しかない・・・」

「うまいな。これ。もう一個もらうぞ。フィフスも食べるか。」

「うん、食べる。」

「あ・・・」

リムリィが制止する間もなく少尉はフィフスと二人して残りのおはぎを取ってしまった。幸せそうに食べる二人の姿を見ながら彼女は思った。今度、孤麗さんと出会った瞬間に土下座をして許してもらおう。そう思いながらも思い出し恐怖で奥歯がカチカチと震えるリムリィであった。



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