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閑話休題 毒を喰らわば皿まで(6)

剣狼と話をつけた天龍王は大笑しながら客車両を去った。まるで嵐のような男だ。そんなことを思いながらも後に残された剣狼は意味ありげな視線を少尉に向けた。

「やばいとは聞いていたが、お前らの親玉はとんでもねえな。」

その言葉に少尉は苦笑する。敵の組織にも天龍王の人間離れしている噂は流れているようだ。どういう噂が流れているのかは少し気になったが敢えて聞かずに質問する。

「よかったのか。これからはそのとんでもない人間の指示を聞くことになるんだぞ。」

「はは、そりゃ大変だ。」

そう答えながらも剣狼は悪い気がしなかった。あの男は破天荒ではあるが、決して愚劣でないことを直感的に悟ったからだ。

かつて剣狼は両親を戦争でなくした。北の帝国にある旅順攻略のために駆り出された孤狼族の精鋭部隊。そこに彼は両親と共に参加していた。激しい戦いだった。険しい要塞を攻略するために数多くの仲間たちが散り、剣狼自身も大砲の直撃を喰らって両手が欠損した。傷病兵となって野戦病院のベッドで寝かされている時に共に戦った両親達と仲間たちの死を知らされた。全滅だった。そしてその理由も知らされた。孤狼族が全滅した原因は玉砕覚悟の突撃命令によるものだった。作戦立案とは言えない幼稚な命令を下したのは孤狼族を憎む陸軍の司令官だ。そう告げたのは道化の仮面をつけた男だった。男は囁いた。奴らが憎くないか。こんな体にした人間達に復讐したくはないか。怒りに囚われた剣狼は激情のままにその囁きを受け入れた。そして蟲の力を移植された。今考えればそれは悪魔の囁きだったのかもしれない。今でも思うのだ。あの時にまともな判断ができる司令官がいれば孤狼族の兵士達が死ぬことはなかったのではないかということを。自分が両腕を失うことはなかったのではないかということを。自らの両手、蟲の力によって形取られた忌まわしき仮初めの両腕を眺めながら剣狼は思った。


「どうした。物思いにふけって。」

声をかけられてハッとなった。怪訝そうに少尉がこちらを見ていることに気づいた剣狼は誤魔化し笑いを浮かべた。その後で少しばつが悪くなったので話題を変えた。

「なあ、お前は何のために戦うんだ。」

聞かれた少尉はしばらく考え込んだ後に答えた。

「恩返しと罪滅ぼしかな。」

「罪滅ぼし?」

この男からそんな言葉が出てくるとは思わなかったので剣狼は驚いた。だから思わず尋ねてしまった。そんな剣狼に少尉は哀しそうな瞳を向けた。

「あの日に私の代わりに旅順で死んでしまった孤狼族の部下達のために私は戦っている。」

狸道、孤凛、白孤、孤斬、狸大吾。あの日に死んでしまった自身の仲間達の名を思い出しながら少尉は遠い目をした。それはここではない遠い昔の光景を懐かしんでいるようであった。

「お前……。」

「柄にもないことを言ったな。忘れてくれ。」

そう言って帽子の鍔の位置を深く下げた後に少尉はその場を立ち去っていった。その背中を眺めながら剣狼はふいに思い出した。旅順攻略の際に全滅した孤狼族と共に戦った一人の人間がいたことを。その男は自分と同じように生き残り、自分の上官である司令官を撃った。仲間である孤狼族達の敵を取るために。

「まさかあいつが……」

確証はなかった。だが直感的にそうだと思いながら剣狼は少尉の背中から目を離すことができなかった。




                        ◇




剣狼との話が終わった天龍王はその足でリムリィの元にやってきた。再びの訪問するとは思わなかったリムリィはフィフスを庇うように抱きしめながら短い悲鳴をあげた。俺は鬼か悪魔か。愛する自国民の悲しい反応を見せられて天龍王は軽く落ち込んだ。だが、あくまでそれを表に出さずに笑顔を作る。そういった意味で彼は優れた偶像であった。

「悪いな。そういえば土産を忘れていたんだ。」

そう言って差し出したのは笹で包まれた包みだった。お菓子かな。なにかは分からないが期待できそうな手土産に思わずリムリィの耳がピクリと反応する。

「孤麗のお茶請けを拝借してきた。」

そう言って笹の包みから取り出したのはリムリィの大好物のおはぎであった。

「はわわわ、天龍王様、さすがです。素晴らしいです。感動です。はじめて貴方を尊敬しました。」

「はじめてかよっ!」

涎を垂らさんばかりの勢いでおはぎを凝視するリムリィに対して天龍王は激しく突っ込みを入れた。

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