閑話休題 毒を喰らわば皿まで(5)
「というわけだからそんなに警戒しなくていいからな、剣狼。」
ふいに天龍王はそう呼び掛けた。驚いたのは車両の外で話を盗み聞きしていた剣狼だった。元々、組織の中では要人の暗殺など暗殺まがいの真似事も行ってきたために隠密活動には少なからず自信があった。完全に気配を抑えて忍んでいたはずが丸わかりだったことは少なからず彼の誇りを傷つけた。全く規格外の野郎だ。剣狼は心の中で舌打ちしながらも憮然と天龍王達の前に姿を現した。
「俺達をどうする気だ。」
「別に何もしないよ。ただしこのままの立場だとお前らも身動きが取りづらいだろうからな。」
確かに天龍王の言うことは一理あった。少尉が庇ってくれたおかげで一度は救われたが、フィフスは陸軍の過激派から狙われている。かといって組織に戻っても裏切者の烙印を押されて始末されるのが関の山だ。ただしそれを認めるほど剣狼は柔軟な考えはしていない。邪魔者は全て殺す。そしてフィフスを守る。結局そんな力技の結論しか出していない。天龍王はそんな剣狼の心の中を察してか尋ねた。
「これからお前たちはどうするんだ。」
「どうもしないさ。振りかけられた火の粉は全て払ってフィフスを守る。それだけだ。」
相手がお前たちであっても屈することはない。剣狼は挑発的な視線を天龍王に向けた。天龍王はその視線を真っ向から受けながらもさらりと受け流す。そして言い放った。
「そういう生き方はどうかと思うぞ。」
「なんだと。」
剣狼が反論しそうになる前に天龍王は続ける。
「お前はそれでいいかもしれないが、付き合わされるあのお嬢ちゃんのことは考えたことはあるか。」
核心をズバリと突かれて剣狼は押し黙る。確かに天龍王の言うことは一理ある話だったからだ。沈黙を肯定と見なしたのか天龍王は続ける。
「お前がこれからやらないといけないのはプライドを捨ててお嬢ちゃんのことを考えることだろう。」
天龍王は真っすぐな視線で剣狼を見据えた。剣狼は視線を逸らそうとしたが、なぜかその視線から目を逸らすことができなかった。有無を言わせない何かが天龍王の瞳に宿っていたからだ。
「だったらどうするべきだというんだ、お前は。」
仮にも国家元首をお前呼ばわりするなよと少尉は突っ込みを入れそうになったが必死にこらえた。天龍王自身がそれを不敬と思っていないからだ。剣狼の質問に天龍王はさらりと言い放った。
「あの子をうちの養子にすると宣言する。だからお前はそれを守るために第八独立遊撃隊に入れ。」
予想をしていなかった答えに絶句したのは剣狼だけでなく少尉も同様だった。この男は今何を言った。フィフスを自分の養子にすることが何を意味するのか分かっているのか。軽く眩暈を感じつつも流石に黙っていられなくなって少尉は割って入った。
「王様!!」
「なんだね、職業軍人。今いいところなんだ。黙っててくれないか。」
「妖精族を養子にすることが何を意味するのか分かっているのですか。」。
「分かっているさ。軍の過激派や敵組織からあの子を守れる。亜人差別の連中からの凄まじい反発も喰らうだろうな。だがそれは力技で全て黙らせる。」
天龍王があっさりと言い放った言葉に少尉は絶句した。同時に理解した。反発勢力を一掃するつもりなのだということを。どれほどの血が流れても彼はそれを実行するだろう。
「あの子を政治に利用するつもりはないが、あの子や孤狼族がもっと住みやすい環境を作るのが為政者である自分の役目だ。そうだろう、真一郎。」
天龍王の真っすぐな視線と覚悟は少尉に突き刺さった。少尉はそれ以上何も言えなくなって押し黙った。天龍王は視線を剣狼に戻した。
「剣狼、お前もそれでいいか。」
「お前、とんでもない奴だな。」
強さも意志も。そして彼が見せる将来の展望は剣狼自身が共感できるものだった。だから一枚噛んでやる。剣狼はそう決意した。
「俺もあんたに一枚乗っかるぜ。毒を喰らうなら皿までだ。」
そう言って不敵に嗤う剣狼に天龍王も笑い返した。




