閑話休題 毒を喰らわば皿まで(4)
少尉がたどり着いた時には予想された争いは全て終わっていた。自慢の装甲を一撃で粉砕された剣狼はさらにその相手が王国の最高権力者だったことに衝撃を隠せない様子で「こんな化物が天龍王だというのか」と呆然と呟いていた。装甲を壊したことに若干の罪の意識を感じた天龍王はあえてそれを無視するようにコロに声をかける。
「聞いたぞ。大神のじいさんのところで修行をしたらしいな。冬の湖は冷たかっただろう。」
「どうしてそのことを。」
驚いたコロの質問に天龍王は苦笑いしながら答えた。
「俺もあそこで修行した人間だからだよ。おかげで龍気を自在に制御できるようになった。こんな風にな。」
そういって天龍王は掌サイズの闘気を自らの指先に集中させると形を作った。闘気は龍の形を作ると生きているかのように空中を漂う。遠目から見ていた少尉には何気ない光景にしか見えなかったがコロは激しく動揺した。気を操ることができるからこそ明確な形を作ることの難しさが理解できたからだ。龍はしばらく宙を漂った後に煙のようにふっと掻き消えた。
「そこまでの域に達するには想像を絶する修行をされたのでしょうね。」
「そうでもない。一回殺されたくらいだよ。物理的にな。」
一回死んだとはどういうことか。どう答えていいのか分からない答えにコロは困惑した。天龍王はその反応に苦笑した後にこう語った。
「爺さんに唆されても地獄門だけは潜るんじゃねえぞ。」
そう言った後に立ち尽くすコロを置いたまま、少尉を伴って客車両に降りていった。
◇
客車両の席に座った天龍王はリムリィとフィフスの姿を見つけるなり自分のところに呼びつけた。誰か分からない人間に急に呼びつけられたことに警戒を示したフィフスだったが、リムリィに宥められてしぶしぶ席についた。天龍王はそれまではご機嫌そうだったが、フィフスが座るなり急に真剣な表情になって彼女の顔をまじまじと見つめた。側に立っていた少尉が異変に気づいて息を呑む。なんということか。天龍王は龍眼を発動させている。龍眼は未来を見据えるほかに他者の邪念を看破する能力も兼ね揃えている。その目を発動させているということはすなわちフィフスという存在の正邪を見計らっているということになる。その存在が邪悪なものならば迷わず切る気だ。天龍王から放たれた異様な殺気の意味に気づいてゾッとなった。下手に止めればこちらが切られる。緊迫した雰囲気が場を制する。少尉の頬から冷や汗が一筋落ちるまでそれは続いた。天龍王は緊迫した表情から一変した穏やかな表情になった後にフィフスにほほ笑んだ。
「いきなり怖い思いをさせてすまなかったな。」
自身に何が起きようとしていたのか分からずにフィフスが首を傾げる。その様子に少尉は胸を撫でおろした。
(脅かしやがる。いや、違うな。あの目は本気だった。)
王国を脅かす存在は例え見た目が子供であっても排除する。自分の主の非情な一面を垣間見たような気がして少尉は汗を拭った。そんな少尉の気持ちを知ってか知らずか天龍王はフィフスに礼を言って席を立つと歩き出した。その後を少尉が続く。隣の車両に移ったところで天龍王が切り出した。
「安心したぜ。あいつには邪気がない。陸軍の古狸どもよりよほどまともだぜ。」
「邪気があったら切っていたのですか。」
真顔の少尉の質問に苦笑いしながら天龍王は答えた。
「まさかそんなことをするかよ。人をなんだと思ってるんだ。」
人の形をした暴龍です。そう心の中で呟きながらも口に出すことはない。なんだか釈然としない天龍王は首を傾げながらも続けた。
「邪気だらけの化け物ならあんな心象風景は映さないさ。」
天龍王はフィフスの心の底を垣間見て笑った。彼女の心の中には二人の孤狼族が父と母のような支えになっている。あの精神的支柱はあれば暴走することはあるまい。彼はそう判断したのだ。




