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晴れ時々龍 ところにより大百足(2)

「士狼の子供を引き取っているとは聞いていたが、なかなかどうして将来楽しみなガキじゃないか。」

客室車両に案内されて席についた天龍王はへらへらと笑いながらコロを見た。なんとなく馬鹿にされているようでコロは若干ムッとしながらも会釈を返した。そんな天龍王の言葉にため息をつきながら少尉は尋ねた。

「ご公務はどうされたのです。」

「あんなもんは司狼大臣に丸投げしてるよ。俺なんて有事以外はお飾りのほうがいいからな。トップがいなくても部下が自分達でやるべきことを考えて動ける。それが本来あるべき組織の在り方だろう。」

天龍王は耳をほじくりながら面倒臭そうにそう答えた後に急に真面目そうな顔になった。

「ていうかよ。いい加減にその他人行儀な敬語はやめろっての。今日の俺は天龍王としてではなく、お前の戦友である、ただの軍人としてやってきてるんだからな。」

天龍王の言葉に少尉は深いため息をついた後に帽子を脱いで軍服の衿を解いた。

「…わかったよ。龍。これでいいのか。」

「はは、話が分かるな。真一郎。」

龍と呼ばれた天龍王は嬉しそうに笑った。

「俺のことをいまだに龍と呼んでくれるのはおめーぐらいだよ。」

「最高権力者の本名を呼び捨てなんてしたら普通は不敬罪で死刑だからな。…一本吸うか。」

「いや、いい。タバコ吸って帰ると嫁さんにバレてシバかれるからな。なんでバレるのかしんねーけど子供の胎教に悪いって怒鳴られちまう。」

「臭いだろ。髪の毛とかについた臭いでバレるらしいからな。」

「あー、そうなのか。気をつけるわ。あ、腹は減ってるからなんか食いもんくれねーか。」

「…サンドイッチでいいか。」

「おう、すまねーな。」

少尉はコロに声をかけると意味ありげな視線を交わしながらサンドイッチを持ってこさせるように指示を出した。いいんですか、とジェスチャーするが構うことはない。同じ思いをさせてやればいいのだ。

「何年ぶりだ。最後に会ってから。」

「お前が即位してからだから三年ぶりになるか。戦乙女姫殿はお元気か。」

「毎日みたいに喧嘩してるよ。妊娠してからは余計に気が短くなりやがったからな。気が強い外人女とだけは結婚するべきじゃねーぞ。マジで。」

「惚れた女を救うために戦争を終わらせるべく奔走した奴の台詞じゃないぞ。」

「うるせー。お前だって結婚すれば俺の気持ちが分かるっての。さっさと結婚しろよ。」

「残念ながら相手がいない。」

「そうか?こないだ女教師様とうまいことやってたらしいじゃねーか。」

「おまっ!なんでそんなことを知っている!」

「はは、諜報部の情報収集能力を甘く見るなよ。」

「…国費を使って何を調べてるんだ。」

そんなことを話していると戻ってきたコロがサンドイッチを持ってきた。言うまでもなく少尉が悶絶したあのたくあんサンドイッチである。

「おうおう、すまねーな。じゃ、遠慮なく。いただきまーす。」

天龍王はそう言ってコロが差し出した大皿からサンドイッチを取ると大口を開けて貪った。そして一口かじった瞬間に目を見開く。そんな彼の様子に少尉は鉄面皮を作りながら心の中でほくそ笑んだ。

(俺と同じ地獄を味わえ。)

だが、そんな少尉の心情を無視するように天龍王は叫んだ。

「なんだこれ!すげーうめーぞ!なんつーの?新触感っつーか、カリコリの黄色い奴に甘ったるいクリームがマッチしてすげーうめー!」

(そうだった。こいつ凄まじい味覚音痴だった。)

少尉は頭を抱えた。天龍王がゲテモノサンドイッチを実に旨そうに食べる姿に辟易しながら少尉はため息をついた。彼は皿に盛られたサンドイッチを一通り食べ終えると両手を合わせて合掌した。

「御馳走でした。決めた。これ、国食にするわ。」

迷いのまったくない、真剣な表情であった。

「それはやめろぉおおーーーーっ!!!」

少尉、喉から血が出るような魂の叫びであった。

「なんだよ。駄目なのかよ。」

「そ、そうだ、駄目だ、やめろ、やめてくれ。」

「…なんでだよ。」

不満そうな天龍王に少尉は必死に言い訳を頭の中で組み立てた。

「えーと、あのな、そう、この料理は秘密なんだ。秘密。手に入れる食材が非常に困難だから国食なんかにして大々的にアピールしたら材料が品薄になって食べられなくなるぞ。」

少尉の説明に天龍王は怪訝そうな顔をした後に、

「そうか。それは確かに困るな。」

そう言って納得した。少尉が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。そんな彼の様子に天龍王は首を傾げながら食後のお茶を啜りはじめた。

「ところで龍。今日は何をしにきたんだ。昔話をしにきたわけではあるまい。」

「そうだった。危うく忘れるところだったぜ。」

少尉に言われて天龍王は真剣な表情を作ると切り出した。

「とてもいい知らせと、とても悪い知らせ、どっちから知りたい。」

「根が楽観主義だからな。とてもいい知らせから聞かせてくれ。」

「OK、分かった。噂くらいは知っているだろうが、陸軍が秘密裏に開発していた次世代戦闘用機関車『剛鉄』のプロトタイプが先日完成した。試作機の試験運転が終わって量産が始まれば、順次に各地に配備することも可能になるだろう。まずこれがとてもいい知らせだ。」

天龍王の言葉に少尉は静かに頷いた。

「で、こっからがとても悪い知らせなんだが。その剛鉄が試験運転中に敵混虫『百足』に盧獲された。」

「なん…だと…。」

「百足の性質はお前も知っての通りだ。奴らは機械と融合してその力を自分のものとして扱うことができる。奴は現在、王都に向かって絶賛移動中だ。阿保みたいに重火器を積んだ状態でな。奴を止めるためにお前の力を貸してくれ。」

天龍王はそう言って少尉に向かって丁寧に頭を下げた。




             ◆ 




王都より200km、遥か彼方の王都へと続く線路上に土のうのごとくバリケードが作られていた。材木や鉄棒、有刺鉄線が小山のように積み上げられていた。そしてそれを守備するように配置された50機ほどの戦車と重装歩兵達が隊列を組んで配備されていた。

「いいか!なんとしても奴を食い止めるぞ!我々、陸軍第八師団たる西方刮目師団の獅子奮迅の活躍を帝にお見せするのだ!」

「おおおぉ!!刮目様万歳!西方刮目師団、万歳!!」

激を飛ばしたのは西方刮目師団を指揮する団長、刮目さんである。卜部刮目うらべ かつもく。チャップリンのようなちょび髭を鼻の下に生やした彼は陸軍の中でも一目置かれた存在で、仲間達からも『刮目さん』と呼ばれて恐れられている。

「刮目様!」

「なんだぁ!?」

「偵察兵より伝令です。現在、目標は距離2kmの地点を通過中とのことです。」

「ぐあっはははっ!!!飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ!」

刮目さんはそう言うと呵々として笑った。

「いくら虫が人類にとっての脅威とはいえ、これだけの数の戦車の一斉砲撃を喰らえばひとたまりもないわ!戦争はな、数がものを言うのだよ!」

「さすがです!刮目様!」

「皆のもの!我を讃えよ!」

「刮目様、万歳!西方刮目師団万歳!」

刮目さんが拳を突き上げるとそれに呼応するかのごとく兵達の士気はさらに増していく。そんな刮目さんのもとに一人の兵が駆け付けた。

「刮目様!」

「なんだぁ!?」

「目標、すでに視認できる距離まで近づいています!」

「え?なんだかすごく早くない?」

兵の報告に刮目はぎょっとなり、遥か先の線路を見た。確かに何かがこちらに凄まじい速度で近づいてきているのが分かった。

「ええい!戦車兵ども!前方の目標に対して一斉放火じゃあぁ!!」

刮目の合図が全部終わらぬうちに戦車達の主砲が火を噴く。まるで火の雨のごとく降り注いだ砲撃は爆撃のごとく目標に対して降り注いだ。爆煙を確認しながら刮目さんは大笑いし始めた。

「ぬあっははは!圧倒的ではないか、我が軍は!」

「…待ってください!目標は健在!健在です!」

「ぬぉ、な、なんだとぉお!!」

刮目さんはギョッとなり、双眼鏡を眺めていた兵から双眼鏡を奪い取ると覗き込んだ。

いた。確かにそこに奴はいた。爆煙の中から現れたのは真っ黒な装甲を施された列車であった。だが、普通の状態でないのは一目瞭然に分かった。

装甲の所々に百足の足がびっしりと生えて、虫と列車の合わさったかのようなおぞましい形状をしている。そして刮目さんは恐ろしい事実に気づいた。列車から突き出た百足の手足に先程放った砲撃の弾丸が受け止められていることを。

次の瞬間、刮目さんは敵が何をするつもりかを理解した。

「全軍!砲撃が来る!回避運動しろ!回避ーーっ!!」

刮目さんがそう言い終わろうとする瞬間だった。百足列車は鎌首をもたげた蛇のように自らの身体を持ち上げると、その手に絡み付けた砲弾を一斉に投げつけてきた。 一つ一つが戦車の砲撃を上回る速度と正確さで砲弾は一斉に戦車を穿った。閃光と爆発。一斉に起こったそれは連鎖爆発を引き起こすかのごとく広がり、刮目さんは呆然とそれを眺めるしかなかった。

「わ、我が戦車隊が、一瞬にして全滅だと…。」

刮目さんは呆然としたまま、膝を折った。 そしてそんな彼に百足列車は迫ろうとしていた。





             ◆ 






「目標は現在も王都に向かって進行中だ。幾重にも張ったバリケードを苦もなく乗り越えながらな。」

天龍王の言葉に頷くと少尉は席から立ち上がった。そして高らかに宣言した。その表情は先程とは打って変わったいつもの軍人の顔であった。

「これより『ちはや』は王都方面に向かい、剛鉄撃退任務に向かう。」

少尉はコロにそう伝えると足早に先頭車両へと向かった。慌ててコロもそれに続こうとする。

「おい、お前。ちょっと待て。」

そんな彼を呼び止めたのは天龍王だった。コロは怪訝そうな顔をしながら相手を見た。

「天龍王…様?」

「龍でいい。ていうかここでは龍と呼べ。コロとか言ったな。こいつを持っていけ。」

天龍王はそう言うと腰に下げていた刀を鞘ごとコロに投げ渡した。

「なぜ刀を。」

「なぜって、お前の刀をぶっ壊しちまった詫びだよ。骨董品だが、よく切れるぜ。じゃあな、俺は上空に待たせた飛行機で帰るから真一郎の奴によろしく言っておいてくれ。」

天龍王はそれだけ言うと客室車両の窓を開けてあっという間に外から天井に上っていってしまった。

「僕の刀を壊した?何を言ってるんだ、あの人は。」

首を傾げながらコロは自らの刀を抜いてギョッとなった。刀を引き抜いた瞬間にまるで氷を割ったかのように亀裂が走り、粉々に砕け散ったのだ。

「…まさかあの時に。」

コロは天龍王が刀を受け止めた瞬間を思い出して戦慄した。本気なら間違いなく殺されていた。得体の知れないものに遭遇した気持ちになって、コロはしばらく天龍王が開けていった窓を見つめながら立ち尽くした。


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