落下
とある中学校の体育館にて二人の人物は話していた。
「 もしもここから落ちたら、先生を呼んでくれないかな 」
「 勝手にしたらどうですか 」
数十秒後に聞こえてきたのはバタンッという大きな音とバタバタと体育館から出ていく少女の足音だった。
「 太一くん! 体育館に向かってるの? 」
少女、芳賀 結は学生服姿のまま体育館への外通路を歩く長尾 太一に早口で話しかけた。 そんな結に少々違和感を感じつつも太一は無言でうなずいた。
「 もしかしてバスケ部の朝練で? 」
「 鈴村に呼ばれたから。 一緒にやらないかって」
それを聞いた結はあきれたような表情をして大きなため息をついた。 そして、とんでもないことを口にした。
「 あの、コウ、 体育館のギャラリーから落ちたから今先生呼びに行ってくるの。 だから、絶対にコウのこと動かさないでね! じゃっ! 」「 え、ちょっ!? 結! 」
太一はまだ先ほど結に言われたことが理解できず半分ぼんやりとしながら、しかし足早に体育館へと向かった。 古びた体育館の扉を開き、中に入った太一は絶句した。
体育館には太一を誘った鈴村 コウ(すずむら こう)がいた。 しかしコウはピクリとも動かず、少し離れたここからでも頭から血がドクドクと流れているのが分かった。 この体育館のギャラリーは高い、というまでではないが、 やはりそれなりの高さはある。 それに、 これだったらロクに受け身をとることもできず全身を強く打ちつけられたのではないかと太一は思った。 出会ってまだ二週間とは言え、友達であるコウのこんな姿を見ることは太一にとっては苦痛であった。もし死んでしまったら、と悪い方向に考えてしまう。 まだ先生たちは来る気配がない。 意識があるかどうかぐらいは確認しておくべきだろうと思った太一は走ってコウのそばに向かった。
「 コウ! コウ! 大丈夫か!? 」
案の定返事はなかった。ああ、意識不明というのはこんな感じのことを言うのだなと太一はどこか客観的に思った。 真実を受け入れることができなかった。 しょうがない、あと数分もせずに先生や救急車が来るはずだ。それまではここにいようと思った太一の学生服のズボンのすそがギュッと引っ張られた。
「 たいちゃん? 」
「 コウ!? 」
「 ああ、やっぱりたいちゃんだ。 ふふん、サイレンが聞こえる。 結はちゃんと救急車呼びに行ってくれたんだ 」
ニコッ、と儚げにコウは微笑んだ。それはまるでドラマのワンシーンのようだった。先生たちが慌ただしく体育館の扉を開けて「 鈴村! 」と呼ぶ声が聞こえた。 サイレンも近づいてきているようだ。太一は最近できた大切な友人の手をとり、小さな声で 「 死ぬなよ 」といった。
その日、中学校はコウの話題で持ちきりだった。 そもそも鈴村コウという中1男子はなかなかに目立っている生徒だったのだ。 入学式の途中からきたというのにもかかわらず堂々と入場してきたり、 入学して3日がたったある日、 学校になんの連絡も無く欠席をしたと思ったら給食の頃にひょっこりやってきたりと、 いわゆる普通というものではなかった。 そんなコウが今度は体育館のギャラリーから落ちたというのだ。 話題に上がらないという方がおかしいかもしれない。
太一はコウのあの表情、そして頭から血を流すあの姿を忘れることができずにいた。 部活動は体育館のチェックのため休みになっていた。 そんな感じで暇になってしまった太一は、 コウが運び込まれたという病院へ向かうことにした。 おそらく入院することになるだろうと担任は言っていた。 もしかしたら長い間学校に来れなくなるのかもしれない、 と。 それに加えて、 太一はコウの安否を確認したかった。 学校には連絡が無いらしい。 手ぶらで行くのは流石に気が引けた太一は、 途中の店でコウが好きそうな箱入りのクッキーを買った。
「 あの、 鈴村コウっていう男の子が運ばれてきたと思うんですけれど…… 」
「 お見舞いの方ですか? 少々お待ちください 」
太一は病院の受付でコウの病室を訪ねていた。 カタカタとキーボードを叩く音が止むと、 受付の女性は困ったような顔をして太一に言った。
「 鈴村くんっていう子、 ここの病院に入院してはいないみたいなんです…… もしかしたら違う病院なのかもしれません 」
「 え、 あ、はい。 ありがとうございました 」
そう言って帰ろうと振り返った太一の真後ろに、 信じられないほど元気そうなコウが立っていた。
「 たいちゃん! お見舞いに来てくれたの? ちょっと三階のカフェで何か軽いものでも食べながら話しない? 俺、 お腹すいちゃってさ 」
コウは驚きを隠せないでいる太一の腕を引っ張り、 カフェへ向かった。
カフェで軽食を摂りながら太一とコウは話していた。まだよく状況が理解できていない太一は、コウのペースに流されている。コウは頼んだメロンソーダをストローで飲みながら太一を見てニヤニヤと笑っている。太一はコウに尋ねた。
「 お前、怪我大丈夫だったのか? 思いっきり気を失ってただろ 」
「 検査で引っかからなかった、というか検査なんか必要ないんだけどね…… まぁ、全然問題ないよ。 明日からまた普通に学校 」
コウは運ばれてきたサンドイッチを一口食べ、逆に太一に尋ねた。
「 今日は何か面白いことあった? 」
太一は数秒ほど思考してコウに言った。
「 また異型が出てさ、WILDが来たよ。 あとはお前の話題でもちきり。 異型よりも怖いんじゃないかって 」
「 異型ねぇ…… 」
コウはそう言って溜息をついた。酷くめんどくさそうに、その言葉は聞きたくなかったとでもいうかのように。
異型とはここ数年のうちに現れた人間を滅ぼす化物のことである。 形態は様々で、 小型犬サイズから恐竜サイズのものまでいる。