機械の時間
1
「、同6番から32番異常なし。起動します」
狭く真っ白な部屋に置かれた装置から、一体のアンドロイドが飛び出た。飛び出たのだ。開いた装置を蹴り飛ばし、その反動を利用し部屋の扉をも蹴り飛ばす。
「行かなければ」
廊下に出たアンドロイドは壁や床を駆けながら、ある場所へ急ぐ。長い廊下の先には壁があり円を描くように触れると、するりと壁が切れ穴が空いた。
「タイプSー346、これより命令を実行する」
そう呟きながら穴の中へ消えていった。
2
高い塔と見間違えてしまう鉄屑の山。その中、一枚の鉄の板にぽかりと穴が空いた。アンドロイドが穴から顔を出す。周囲を見渡し安全だと感知したのだろう、穴から乗りだし地に立つ。すっと瞳を閉じ、その場に立ち尽くす。
「動けるアンドロイドが、なんでぇこんなトコにおるんじゃ」
鉄屑の上から言葉が投げ掛ける。
「やっと見付かりました」
アンドロイドが地を蹴り、ひらりと声の元に降り立ち深く跪いた。
跪くアンドロイドを、声の主はただじっと見つめていた。
「タイプSー346、ウィル・ホーキング博士。貴方の命令により、貴方を守りに来ました。」
そう告げられた少年は頭を掻きながら答える。
「ほうじゃぁ、あれ運ぶの手伝ってくれい」
そこには鉄屑から探しだしたであろう、壊れた機械が簡易な荷車に積まれていた。鉄屑の山から降りてきたウィルは壊れた機械を撫でた。
「俺らの生活を豊かにするもんじゃ。壊れとるがぁ直してやればまだ動く」
そう機械を撫でるウィルはその言葉遣いとは裏腹に、とても優しい雰囲気を纏っていた。アンドロイドは壊れた機械を見つめ、ウィルも同じく見つめた。その時、二人が同じ事を考えたのかはわからない。
「そろそろ日がくれるな。聞きたい事も山ほどあるし、やらなぁいかん事も山ほどじゃ。帰るぞ」
ウィルが荷車を引き、アンドロイドが押す。
「さすがぁアンドロイドじゃ。いつもより荷が軽い」
そうはしゃぐウィルは振り返り、無表情なアンドロイドを見る。その表情はウィルを静め、そして何かを考えさせたのだろうか。ウィルもアンドロイドも黙々と荷車を引いた。
「さあ、何から聞くべきかのう」
継ぎはぎだらけの鉄板で作られた小屋に荷を降ろし、暗い部屋に光を灯しながら尋ねた。ベッドに腰を落ち着かせたウィルは、無表情のアンドロイドを見る。
「私は貴方を守りに来ました」
「ほならまずそれじゃ。何から俺を守る。別に俺は襲われるような事はしとらんぞ」
「これから襲われます。貴方は危険人物だと政府に目を付けられました」
「政府が、か」
そう言いながら窓の外をウィルが眺める。外には真っ白な塔が雲に届きそうなほど伸びている。塔から放射状に突き出た管から、星屑の様に鉄屑が零れ落ち続けている。
「政府が、」
そうウィルが言いかけた瞬間、アンドロイドが灯りを蹴り飛ばしウィルを抱える。
「なんじゃぁ」
咆えるウィルの口を強引に押えたアンドロイドが人差し指を口に当て壁を見る。壁の、先を見る。
先ほどウィルが眺めていた窓からウィルを担ぎ外に出た。似たような小屋の迷路を抜け、あの鉄屑の山に到着した。
「何があったんじゃ」
そう尋ねたところでアンドロイドは答えず辺りを見渡す。一際高く積まれた山の前に立つとそっと山に手を添えた。添えた手を中心にパッと鉄屑が消えてしまった。人一人入れる穴にウィルを入れる。
「追手が来ました。ここに隠れていてください」
そう告げたアンドロイドが振り向くとすでに数人に囲まれていた。その手には月明りで黒く光る銃が見える。一人の男が楽しそうに騒ぐ。
「そこのアンドロイドそこをどけ。用があるのは後ろのガキだ」
そう告げると躊躇いなく発砲する。男の放った弾丸はアンドロイドに向かった。弾はアンドロイドに当たる事無く消えた。
「なんだ。ずいぶん頑丈なアンドロイドだ」
さらに取り囲む人数が増えた。一人、また一人とアンドロイドに発砲する。けれど弾は当たらず消える。アンドロイドに向かう弾の数が増える。発砲音のみが夜に響く。
「おみゃ、それで守っとるつもりか」
ウィルが退屈そうに穴から呟く。アンドロイドが首だけで振り向くと、ウィルが歳相応の笑顔で穴からアンドロイドに飛びついた。
「おみゃがどうやって弾や鉄屑を消しとるかは知らんが、使い方が分かっとらんな」
ウィルが耳打ちするとアンドロイドは左手を後ろに、右手を真上に伸ばした。後ろの穴を深く拡大させると山は前方へ傾く。アンドロイドの周りの鉄屑は消えながら、山はどんどん男たちに向かい滑り出す。鉄屑の雪崩が収まると辺りが静まる。
「さあ、帰るぞ」
ウィルがそのままアンドロイドにおぶさる格好のまま小屋に戻った。
3
ウィルが小屋に戻るなり引き出しを漁る。取り出した一枚の紙をアンドロイドに見せる。
「昔描いた設計図じゃ。ほとんど落書きみたいなもんじゃが、おみゃはそっくりじゃ」
小屋に着くなり無表情のままウィルの話を聞くアンドロイドに頭を掻きながら尋ねる。
「、未来の俺はおみゃみたいな不愛想なヤツを造ったのか」
ウィルはまた窓から真っ白な塔を見続ける。
「そうです。貴方を守るために」
少し考えながら、今度はアンドロイドを見据えながら。
「体の造りをざっと見たが、細かい所が今の技術じゃ無理なもんじゃ。それに脚の造り方がよう似とる」
ウィルが右のズボンを捲ると、アンドロイドの足とよく似た義足が覗く。
「じゃが気に食わん。なんじゃSー346って。今日からおみゃの名前はセシルじゃ。」
「セシル」
「その綺麗な体には綺麗な名前がぴったりじゃ」
満足げな表情でウィルが笑った。今まで無表情だったセシルも少し微笑んだ様であった。