四 支店長昇格 から 十八 Exodus
四 支店長昇格
「立派なお宅ですね。奥様、お気遣いなく、山田さん、お手紙の件は 不躾ご容赦下さい。本日は山田さんのお力添えを賜りたくお願いに参りました。」
サラリーマン山田には、故意でないにしろ殺人には鉄道警察隊の捜査が及ぶが、その人間離れしたワザを鉄道マナー向上に役立てて欲しいし、こうして自宅に押し掛けて事を荒立てるのは本意でなく、ましてやご家族の面前で(実はあんた妖怪でしょなんて)不粋な会話は避けたい、この場を円く収めるには、同意しか無いんだよ、十数えるから決めてねと、かなり解り易く説明しました。
話してみればサラリーマン山田はいい奴でゴルフや釣りのお供のついでに殺害もやりますと子分の誓いを立てました、但し彼が支店長に昇格する日までという希望です。
五
暑い季節の通勤は疲れます。
本日のゲストさんはSE課鈴木さん、膝頭をくっ付けて座る私の隣で大股開き、その足の形は人という字に近いが貴方は人でなしだ。
さきほどから、しきりに山田が目でサインを送って来ます。
妖怪さん、君に支店長は務まるまい、君の百均ネクタイは社食最安カレーうどんのハネだらけだ。
この作品は正確な日本語で、プログラマーが書いているのだよ。
あんたのような子分は『以下同文』と書くだけで作れます。
今回のマナー向上委員は、おもんさん、なんと現役のゲイシャなんです。
六
「先祖のカエルさんを怨みなさい、バーカ。おもん、やっておしまい。」
と、合図を出しました。
おもんは喉が渇いたような溜息をひとつ、そして着物の袖に手を入れる。
おもんは投扇興の名人です。
おもんには内緒ですが扇子の縁には山田の唾液が付いてます。
この位の仕掛けがあれば、DNA鑑定になっても2時間ドラマは無理でも、携帯小説なら完璧でしょう。
おもんは慌ただしく扇子を開くと同時に無人暗殺機を発進させたのです。
車内のぬるい上昇気流に乗って、ターゲットをロックオン、ハミ蝶に向けて魔の降下を開始。
鈴木さんさようなら。
七
「こちらは制御システム、本機は急降下中、警報、何か変だ!罠だ、回避不、のう、自爆ふ、コードレッドア、発令。レデ、ィ、ガガ、、」
「おっと、落ちましたよ。」
鈴木さんは扇子を畳んで差し出しました。
「ありがとうございます。」
おもんは透きとおるような白い手でそれを受けると立ち去りました。
おもんは、もう立ち直れないかもしれません。
山田は小さいおじさん化して混雑に紛れ混んでしまいました。
おとり捜査か、はやくも当局の手が回ったようです。
ところで鈴木さんは攻撃を未然に防いだつもりのようですが、ほぅら、頭、痒いでしよう?
貴方の葬送BGMはガガの『monster』かな。
やはり、さようなら鈴木さん。
八
「困ったなー、亡くなった鈴木さんは顧客満足度監査員だったのです。『ゲストさん』として処理するならその記録が必要ですよ。」
「困ったなー、君は発注書を書いてないでしょ、マナー以前にルールを守ってくださいね。」
「お言葉を返すようで恐縮ですが、鈴木さんは自然死です。今さら殺害発注書が出てきたら監査妨害という事になってしまいます。」
「困ったなー、自然死だとポイント付かないですね、いまならポイント5倍ですよ。」
「局長、この際、ポイントの件は諦めて下さい。帝都メトロのマナーが向上して乗客さんの安全が維持されたのですから。」
「困ったなー、」
九
「ソレデェー、チョットイケメンカナーミタイナー」
「キャーヤメテー」
まったく女子会とは姦しいものです。
地下鉄の騒音80デジベルに対して、自動車の警笛(正面2m)、リベット打ちなど110デジベル超えの喧しさです。
「ヤダー、クックガオジサンニアタッテルー、アヤマリナサー」
お前が謝れよこのアマ!
「ソシテー、チョットムードエロクナッテー」
「ウソウソー」
「マーマー、ジジイガミテルー」
見てるんじゃない、睨んでいるんだよ、ガキグソヤロー。
「ワー、ギャー、ママ、キーック、オシッコピー」
「アラ、ホラ、メールキタキタ、着メロイイデショ」
通勤時間帯に地下鉄のシルバーシート両側とも占領して家族合同女子会アンドガキ放置、お天道様が許しても、このマナー向上委員会が許しません。
「バーカ、お前ら全員、殺処分だぁ。」
お送りする曲はウイングス『死ぬのは奴らだ』です。
さようなら、ゲストさんたち。
十
ところが、ですね、親子連れは福祉局さんのテリトリーなんです。
手順書通りに「福祉局シルバーSOS」アイコンをタッチしました。
「交通局さま、ご注文ありがとうございます。次の駅までお待ち下さい。今なら『いいね』タッチでポイント二倍還元いたします。では、よろこんで。」
「新飯田橋、新飯田橋、扉が開きます」
同時に人混みがぱっと二つに割れて通り道ができました。
風船を持った杖つき爺さまと、脇で支える元労組風爺さまの二本立て、さすがに福祉局の人材は豊富です。
両爺は早速、問題のシルバーゾーンに急行、作戦指令部からは補聴器兼イヤホンでリアルタイムに指示が伝わります。
「こちら作戦指令部、ファミリーさんに乳児がいないか報告せよ。」
「ラジャー、乳飲み子はおらんようジャー。」
十一
「坊や、いーくつ?」と、風船爺。
「おくつろぎのところ、スミません、新東京市ですが、シルバーシートの利用調査です。」と労爺。ステレオ攻撃でプレッシャーをかける戦術のようです。
あれ、親子して反応がありません、無視以前にまったく認識されていません。
風船爺:「坊や、どこから来ーたの?」、沈黙。
労爺:「おはーッす!」、沈黙。
親子:「ウルセー、シネ、ジジイ」
親子同時ステレオ反撃でした。
子が子なら親も親、親の親の顔も見たくありません、呆れかえって開いた口が塞ぎ込むのです。
あーぁ、嫌な世の中ですね。
こんな事が五万年も繰り返しているのです。
まいったなー。
十二
いかん、いかん、しばし我を失なっていました。
無意識に「福祉局シルバーSOS」アイコンをゲームモードで 超連打していたのです。
「よろこんで、よろこんで、よろこんで、よろこんで,,,ポイント二倍、ポイント二倍!,,,、よろこんで、よろこんで,,,、いいね!いいね!いいね!,,,」
凄いことなりました、停車の度に、お年寄りが殺到、ついに、一車両あたりの合計年齢が10万歳という異常値をマーク、10両編成で銀河鉄道999(単位:千歳)達成となりました。
足元には、入れ歯、カツラ、老眼鏡に孫の写真が散乱、阿鼻叫喚の地獄絵、終わりを迎えそうなひとが続出。
ついに帝都メトロ東西線は元浦安駅で緊急停車したのです。
この事態の収拾を携帯小説で表すには画素数的にも無理なので、どうかご容赦いただきたいのです。
十三
翌朝のスポーツ紙の見出しです。
「綾小路きみまる、氷川きよと回想イベント大盛況、死者多数(かも:by東スポ)」
宣伝部の皆さま情報操作お疲れさまでした。
「ポイント大量ゲット、ご苦労様でした。ただ、困っています。」
「どうしました?局長。」
「福祉局さんが乗客さんから訴えられました。」
「ああ、そうですか。」
「あの風船爺さま、乗客相手に傷害沙汰をしでかしたらしい。」
「お年寄りを侮辱したのですから、当然の酬いです。」
「何故その事を報告しなかったのですか?」
「暴力を描いて、作品の品位を落としたくなかったのです。」
「この連続殺害小説の?」
「この作品は人類と地下鉄五万年の悩みを救済する神の如き公務です。」
「それと、ポイントゲットです。」
「もちろんですとも。」
十四
神楽坂上駅構内を歩いていたら、妙に危険な気配を感じました。
誰かに見られている、さりげなく目を細めて周囲の様子を伺いました。
足首、腕、脳にタトゥーをした巨漢二人組の男達が舐める様に私を見ています。歳は四十位か、粋がるのではなく本質がそういう奴ら。
あの眼差しはどこかで見た気がする、そうだ、ターミネーター(T-800型)だ。
距離3m、あと2.5m、2m、やばいです。
「あのさー。」
「はい、何でしょうか。」
「おっさん、知ってるよ。」
「あれ、どちらかでお会いしましたか?」
「宇宙一辛いカレー、完食した。」
「あぁ、ご無沙汰です、その後お店は繁盛してますか。」
そうか、そうだった、彼らは激辛カレーハウスのオーナーだ。
「まあまあだよ。あれから宇宙一の完食者はいなかったよ、おっさんすんげえ。」
「こんどはもっと辛いのを作ってください、脳天から湯気が立つようなやつ。」
「脳天から湯気、わかったよ。」
十五
私はここに『マナー向上委員任命の件、以下同文』と記して、カレー職人Aを雇う事にしました。
今日のゲストさんは、カレー好きの佐藤さん。
夜の東西線で昏睡中の酔っ払いです。
おや、靴は脱ぐ、携帯は落とす、私に寄り掛かる、顔を擦り付ける、イビキ、独り言。
「行ぐぞ脱す!」
意味不明、うるさいです。
さて、正面に立つカレー職人Aの鞄の底に、微量のカレー物質が付着していても、何の不思議もありません。
また、その鞄を網棚に載せるときに佐藤さんの頭上をかすめる可能性も否定出来ません。
私はいつものように、台詞を決めました。
「バーカ、宇宙一の激辛をその脳天で受けてみよ、辛いはつらいと書くのだ、さようなら佐藤さん。」
「やべぇ、あぢ。」
といったきり佐藤さんの心電図は平行線、
「ピーーー」
十六
舞台は四万年前、月面(モスクワの海)の戦場です。
「やべぇ、伏せろ!無酸素砲だ。」
地響き、瓦礫とともに無数の味方の肉片がゆっくりと降ってきます。
「自動反撃システム起動準備。」
「ラジャーですジャー。」
「ヤマダー!、代謝装置の反応無し、本当にお前は人間なのかー、生きていたら『おもん』に離脱ビーコンを発信だ。」
「はい、よろこんで。」
あれ、なんか皆似たキャラだな、しかも佐藤さん隊長です。
「カレー屋!、俺は娑婆に戻ったらカレーを食うぞ、お前ら、生き延びろ!、反撃システム起動、撃てーっ!」
「ラジャーですジャー。」
「行ぐぞ脱す!」
(轟音)
「ピーーー」
あれ?!
「ピッ、ピッ、ピッ、、」
宇宙一の激辛を脳天で受けた佐藤さんの心音が復活しました。
十七
「あ、やべぇ、なんか酔いが覚めたら、腹減った、カレー食いてぇ。」
と隊長さん、お目覚めです。
カレー職人A(カレー屋の子孫と思われる)が一言。
「今なら私の店でカレーを食べるとポイント二倍です。」
「じゃあ、案内してくれ。」
十八 Exodus
隊長さんにはボブマーリーの「Exodus」を捧げる予定でしたが、生き返ってしまいましたので、一緒にカレーをいただくことにしました。
お互いに名刺交換をして、景気の凍結状況やカレーの話題で盛り上がっているうちにお店に着きました。
人柄やカレーの好みも同じ、好人物です。
店の扉を開けると、なんと、足もとに人が倒れているではないですか。
「困ったなー。」
「その声はまさか、局長?、大丈夫ですか。」
「カレーで、おなかが熱いので床で冷しています、困っています。」
「まさか、『宇宙一の激辛』を召し上がったのですか?」
「ええ、ポイントが高かったので、でも困っています。」
前をはだけてうつ伏せのこのヘタレさん、そもそも、何でここに居るのでしょうか。
「わかります、何故ここに居るのかでしょ、会話の数だけ困ってしまいそうなので、結論をいいます、君たちを待っていました。」
「えっ、お約束はしておりませんが。」
やっと短編(未完)版を追い越しました、これからはこちらの連載に書き込みますので宜しくお願いします。