プロローグ
ふと気づけば法廷のような場所にいた。
前方に高めの台。左右に互いに対峙するかのごとく置かれた椅子と机。
そして俺は裁かれる被告のごとく、中央に立たされていた。
「ごとく、ではなく。実際にここは裁判所なのだよ。」
正面の台…裁判官席に一人の女性が現れる。
「まあ正確に言えば、被告人席も弁護士席も検察官席も被告人席も「ここ」には無いし、僕もこれが本当の姿、というわけでもないがね。あくまで「イメージ画像」というやつだよ。君の魂にそれらしい幻を見せているだけさ。」
「それに、裁判といっても君の知っているそれとは違う。弁護士も検察もいないし、証拠や証言の提示も無い。ただ僕(裁判官)が一方的に判決を下すだけのものさ」
「裁判だって?!俺が一体何をしたっていうんだ!」
警察や裁判所のお世話になるような悪事を働いた覚えは無い。
「ああ、それはこっちのセリフだよ。そう、君の言うとおり、君は「何もしていない」。だからこっちとしても悩んでいるんじゃないか」
何もしていないのがどうしたっていうんだ?何がなんだかわけがわからない。
「ああ、すまない。順序だてて説明するべきだったね。まずは自己紹介といこう。私は人の死後を裁く者さ。閻魔とでも呼んでくれ」
閻魔様?
「そう、「閻魔様」さ。死者を裁き、悪人は地獄送りに、善人は天国送りに。まあだいたいそんな感じの認識で構わないよ。」
「だからまあこの場にいることは別に恥ずべきことじゃない。別に犯罪者だからその席に立っている、というわけではないよ。生きとし生けるもの、誰もがいずれここに来るのさ。善人も悪人も皆ね。」
ほっとする。犯罪者などになったら親に顔向けできないではないか。
「まあ、正直に言えば、君が悪人であったほうがこっちは楽だったんだけどね。」
閻魔様が物騒なことを言ってくれる。
「さっきも言ったとおり、悪人は地獄送りに、善人は天国送りに。それが僕の仕事だ。然るに君はどうだ?「善行も悪事も何もしていない」。地獄送りにしなきゃいけないほどの罪は無く、さりとて天国に相応しいほどの善人でもない。実に悩ましいのさ」
確かに、悪事を働いた覚えも無く、さりとてこれといった善行を積んだわけでもない。
「そう。そこを同意してくれるのは素直にありがたい。死者がこっちの裁定にごねることも良くあるんでね。とはいえ、僕(裁判官)と君(被告人)の意見が一致しているというのに、しかし結論が出ない。なんとも困った話だ」
いや、待てよ。善人でも悪人でもない「凡人」なんか世の中に山といるんじゃないか?
「ふむ、頭は悪くないようだね。確かにその通り。何も君が世界初の凡人というわけじゃない。ごくありふれた事例さ。しかしだからこそ困っているのだがね」
自分が馬鹿だとは思わないが、賢者でもない。その点でも俺は凡人なんだ。「一を聞いて十を知る」とは行かない。回りくどいことはいわずにわかりやすく説明してくれないか?
「そうだね。天国にも地獄にも相応しくない凡人は、また現世に生まれ変わらせる、というのが通例だよ。しかしながらこれは実のところ問題の先送りにしかならなかったのさ。凡人は生まれ変わっても凡人だ。輪廻したところでまた凡人としてここにやってくる。そしてまた生まれ変わりさ。これでは無限ループだよ。ほとほと飽き果てた。しかもそんな人間が人類の大半を占めていると来たものだ。うんざりする。」
「というわけで、僕は何とかこの無限ループを終わらせたいのだよ。そしてできれば君にも協力してもらいたい」
どうして俺に頼むんだ?実は何か特別な力を持っているとか?
「逆だよ。君には特別な力なんか無い。ありふれた凡人だ。そしてだからこそ良い。もし、僕の試みが君で成功したのならば、他の凡人に対しても有効ということだからな。また君で失敗したとしても、代わりはいくらでもいる。こちらとしては痛くない。」
ようするに実験台かよ。すでに死んでいるとはいえあまりいい気分ではないな。
「まあそう言ってくれるな。別に君にとってもそう悪い話じゃない。成功すれば天国に行けるし、失敗したところで、普通に転生の輪に戻るだけの話だ。そして無論、嫌なら断ってくれても構わない。次に来る凡人に頼むだけの話さ。実際、この話を持ちかけるのも、君が始めてというわけではない。」
…ふむ、また凡人として生きるのも悪くは無い。が、この話に興味が無いわけでもない。
「一体どうするつもりなんだ?」
ここに来て初めて声に出して意思を伝える。
「何、アイデア自体は極簡単なものさ。君に来世で善行を積んでもらう。僕はそのための後押しをする。それだけの話だ。」
「具体的に言えば、君にこれから滅び行く世界に生まれ変わってもらい、その世界を救ってもらおうと思う。世界を救うというのは最大の善行だ。天国へ行くには十分だろう。ああ、安心したまえ。何も今の君の力で世界を救え、とはいわん。世界を救うに足るだけの力を授けよう。前世やここでの記憶も残そう。君にやる気さえあれば十分達成可能だ。」
ふむ…リスクやデメリットも聞いておくべきだろう。
「もし、それでも俺が世界を救うの失敗したらどうするんだ?」
「別にどうもしない。滅びゆく世界がそのまま滅んだというだけの話だ。言うなれば「ダメで元々」さ。君に責任は無い。その後の君の身の振り方としては…そうだな。他の世界でまた挑戦してくれても構わないし、嫌気が差したというのなら、降りてもらっても構わない。降りるのなら、普通に輪廻してもらうことになるが。」
「もし、俺が貰った力に増長して、悪逆非道を働いたりしたらどうするんだ?」
「まあ、それはそれでこちらとしては成功と言えるがね。凡人の無限ループから解放されて、地獄送りになる人間が一人増えるわけだ。とはいえ、こちらから頼んでおいて、地獄送りにするのも不義理というものか。そうだな。「安全装置」をつけるとするか。君が「力」を悪用すれば、「ペナルティ」を課すとしよう。そうすれば君も悪用する気は起きないだろうし、仮に悪用してしまったとしても、その場でペナルティを課せば、地獄送りを避けられるだろう。」
「…そんな回りくどいことしなくても、素直に、「悪行を働けない」とかいう暗示でもかければいいんじゃないか?」
「そんなことはできない。そんなことができるのなら「裁判」など不要だろう?全員善人にしてしまえばいい。それにできたとしてもやりたくないな。これでも人の自由意志というものを重んじているのだよ?」
「さて、どうする?ありふれた凡人よ?そのままの平凡な人生を永久無限に繰り返すことに満足するか?それとも、世界の救世主となって天国に行くか?好きな方を選ぶがいい」
俺の選択は…
かくて俺は世界を救う旅に出る。
それはありふれた凡人が、平凡な動機で、救世主となる物語。
某所でアイデアをいただきました。ありがとうございます(名前はとりあえず伏せさせてもらいました)
コンセプトは「神様転生からご都合主義を排し、面白く、斬新に、論理的に」です。達成できたでしょうか?
もしよければ、感想を書いて頂けるとうれしいです。