六
彼の質問の後、ぼくはコーヒーを入れ直した。ミルクを混ぜて、コーヒーをすする。しばらく考え込んで、コーヒーがすっかり冷めてしまった頃、ようやく答えることができたのだった。
「夢はない。あったこともない」
「何でだい?」
夢があったらなあと思うのは、こういう時だ。今のところ、世の中では夢がある方が「良い」とされていて。でも、そんなにはっきりとした夢なんてほとんど誰も持っていなくて。目標とか趣味とかを持つことができれば、そういう生き方も楽しそうだなとは思うけど、簡単には手に入らないもので。ぼくの場合、卒業文集の中にしかないものだ。
小学校の卒業文集の中に生きるぼくは、宇宙飛行士になりたかったということを今でも覚えていた。何がしたくて宇宙飛行士になりたかったのかは分からないけど、そこには薄っぺらい宇宙船に乗ったぼくが描かれている。でも、宇宙飛行士になりたいと思ったことなんて一度もないのだ。
「ま、夢がないのも良いもんだよなあ。なんせ選びたい放題だかんなあ」
「そうじゃないんだ。選びたいものがないんだよ」
彼は何でも知っているふうに、そりゃあそうさ、と言った。彼にとっては当たり前のことのような、そういう言い方だった。その後、何でも持ってるからなあ、と続けて、彼は溜息を付いた。
「兄ちゃんはさ、持ってないものがないのさ。持ってないものがないと思い込んでりゃ、そりゃあ持つものなんて思いつかねえ。兄ちゃん、飛ぼうと思えば空も飛べると思ってんだろ」
「思ってないよ」
「やったことないから、分かっちゃいないのさ」
「雲」の声から表情が消える。彼の思いを読み取ることはできなかった。でも、どこか悔しそうだった。そして、ぼくが悔しいと思ったことなんて一度もないのだということを思い出した。
「飛んでみなあ。おれが手本を見せてやる」
そう言って「雲」は窓をすり抜けると、灰色の空に飛び込んで行った。サッカーボールくらいの大きさは、すぐに雲の中に紛れてしまった。
窓を開ける。冷たい風が入り込む。灰色の雲から雨が降ってきた。じめじめした空気は少し和らいでいる。もう「雲」は見えない。彼はきっと夢を叶えに行った。それが不思議な雲とぼくの別れになった。
締め方がワンパターン。
書いているうちに段々自分色に染まって行く。良くない傾向。