――五日目――
地下鉄のホームに降り立つと、普段では考えられないくらいの早足になった。
右手には小さな紙袋が一つ。
仕事が休みだった昨日、一日を潰して迷って買ったもの。
中には、丁寧にラッピングされた箱。漆黒の包装紙にシルバーのリボンが、重厚感を出すというより品を貶めている。
これを押し付けて、言ってやるつもりだった。
もう、いなくなって。
漠然と、だが知っていた。願いさえ叶えば彼はここからいなくなる。
あの子がいるところまであと少し。
もう見なくて済む。聞かなくても済む。
そう、いつもこの辺りに。
……果して、そこに彼はいなかった。
すっと指先が冷える。
掌を握り締めると、長くはないが研いで鋭くなっている爪が喰い込んだ。きっと跡がつく。
慌てて見回すが、気配がない。
もしかしたら場所を変えたのかも。
考え、大通りを歩きまわる。来た道を戻り、反対側にも行ってみる。だが。
――どうして?
疑問符はしかし、己に打ち消された。思いつく可能性ならある。
きっと、あのあと誰かからチョコレートを貰うことが出来たのだ。
理屈はそう囁いている。
いいじゃない。いなくなったんだから。いいじゃない。
私はただ、そのつもりでこれを買ったのだから。
喜ぶべきことなのよ。これで、気持ちを掻き回されることはなくなったのだから。
いつの間にか、最初の目的地に戻ってきてしまった。
これで、せいせいするのだ。
「……どうして、待っていてくれなかったの」
それは口から勝手に出た言葉。こんなこと私は思っていない。
「どうして」
呟きは、涙に吸い取られた。
共通点はロングスカートだったということに気付いたのは、会社から家へ帰り、行き場のなくなった包みをぽすんとベッドに投げた時だった。
泣いたのなんて、何年振りだろう。あの人に振られた時ですら平然としていたのに。
私も一緒になってベッドに飛び込む。数秒放心したあと、手探りだけでそれの包装紙を解き、ひとつ、口に入れる。
甘くて少し、苦い。
すべて溶けてしまうと、わずかに気分が軽くなる。中にほんの少し入っているアルコールの所為ではないだろうが。
あるいは、本当に久しぶりに泣いたから、かもしれない。
私は目を瞑ったまま、もう一つ、チョコのかけらを食べた。
はじめまして。双樹と申します。
Anniversary第一話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。
このシリーズは学園もののつもりなのですが、お話の構成上、最初のお話は年齢高めになっております。
徐々に主人公年齢下がっていって学園ものっぽくなります。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。
双樹