――一日目――
ぐ、と何かの力が働いて前へ進むことが出来なくなった。
2月10日。日曜日。バレンタイン前連休の真っ只中。
私は銀座駅で地下鉄を降り、地上へ出る。
中央通りは車の通らない歩行者天国になっているにもかかわらず人でごった返している。ぶつからずに歩くのは至難の業だ。
バッグが何かに引っ掛かったのかしら?
そう思い、振り返る。
しかし、それは無事だった。ゆっくり視線を動かしてゆく。無事でないのは私のスカート。
ぎょっとして身を引く。だが上手くいかない。
踝までのロングスカートの、裾から繋がっているのは一本の腕。
その先には一人の男の子が地面に座り込んでいた。学生。高校生、いや中学生くらいか。
まずいのにつかまったな。
とっさに私は思った。連日のニュース報道。若者はいつどこでキレるかわからない。
びくつく心を抑え、なるべく優しい表情を作り、彼に問いかける。
「……なあに?」
多分、笑顔は引きつっていただろう。が、彼は私の様子には頓着せず、真っ直ぐに瞳を合わせて言い放った。
「チョコくれ」
――はい?
確かに今はシーズンだ。きっとここにいる人々は多かれ少なかれ持っているに違いないだろう。
だけど私は。
――持っている筈がない。
大体、遊びに来ているわけではない。これから仕事だというのに。
私は男の子を観察した
ルックスは良い。格好いい、というよりは可愛いという部類に属するだろう。サイドの髪が輪郭に纏わりつき、それが彼の童顔を引き立たせている。
黒目がちな瞳が、強い意志を感じさせるようでもあり、逆に、考えの読めない底の深さを感じさせるようでもあった。
彼も、長い睫毛を揺らすことなく、微動だにせず無表情でこちらを見上げている。
段々、腹が立ってきた。
「そんなもの、……私は持ってないわ」
何故か言い訳するように小声で呟くと、意外にも、いやむしろ驚くほど素直にその腕は取れた。
その目はもう、私を見てはいなかった。