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野球選手の第六道具 〜弱小シニアの八番ライト、隠れスキルで甲子園の星となる〜

作者: いのりん
掲載日:2026/05/01

 ノストラダムスの大予言が外れてもうすぐ三年。


 すっかり秋めき、芝が茶色くなって来たグラウンドは冬が近い事と少々のもの寂しさを感じさせる。しかし中学生を対象とした硬式野球団体、通称シニアリーグのシーズンはまだ終わっていない。


「やったぞ(たけし)!県内最強、近代高崎高校の山本監督が今日、ウチの試合を見にくるそうだ」

「任せてよ父さん、そこでバッチリいいところを見せて特待生として甲子園で活躍、そしてプロになるからさ!」


 先程、携帯で誰かと話していた弱小シニアチームの監督が自分の息子にそう話すのを白井慧(しらいさとし)は他人事として聞いていた。


「おい、お前ら俺がアピールする邪魔をするなよ」

「剛のいう通りだ、特に白井!足を引っ張ったらただじゃすまさんぞ」


 チームを私物化するバカ親子から話を振られた白井は内心で嘆息。


 だが、逆らう事は出来ない。


 なにせ監督の息子、豪打剛(ごうだたけし)は嫌な奴だがこのチームのエースで四番。すでに県内で三番目に強い私立強豪、鎌瀬(かませ)高校からスカウトもきている選手。

 それに対して自分は目立った活躍がぜんぜん出来ていない八番ライト、通称ライパチなのだから。


 選手層が薄いから何とか試合には出られているものの、いつレギュラーを剥奪されてもおかしくない立場だ。少なくとも表面上は愛想笑いしておいた方がいい。




 さて、そうやって始まったこの日の試合。

 白井の所属するチームは5ー1で敗北した。


 豪打剛は殆どヒットを打たれず、4打数1安打ながらその1安打が豪快なツーベースと活躍。


 一方の白井は下位打線のため打席が回って来たのは3回で、2回フォアボールとなったが2アウト満塁で凡退しノーヒットに終わった。


 そんな試合後のミーティング、豪打親子は大体お決まりのパターンとなっている文言でチームメイトを責めた。


 即ち


「失点はお前らがエラーしたせいだ」

「白井が打てなかったから負けた」


 うんざりする白井達。


 ただ、本日はこの後近代高崎高校の山本監督と話すという事で説教が短く終わった分マシだったといえる。なにせ普段は、固い地面に一時間以上正座させられる事もあるのだから。






「どうでしたか、ウチの選手達は」

「1人、是非スカウトしたい子がいましたね」


 山本にそう言われて、自分の息子の事だろうと鼻の穴を膨らませる弱小シニア監督。


 しかし、山本が名前をあげたのは本日ノーヒットに終わったライパチ、白井慧だった。


「な、なにかの間違いでは?白井は今日、ノーヒットの八番ライトですよ」

「いいえ、彼で間違いありません。白井くんと二人で話したいので、場を整えて頂きたい」


 シニア監督は納得いかないものの、山本からそう言われては承知するしか無かった。





 そうして実現した白井と二人きりの面談、県内で最も甲子園が近い名門校の監督である山本は開口一番にこう言った。


「ここの監督は、君の持つ類稀な資質に気づいていないようだね」



 その言葉に驚く白井、隠していたのに何故バレたという意味ではなく、そんな能力がある事に彼自身が気づいていなかったからだ。


 だから、ついこう口にしてしまった。


「僕に、そんな資質があるんですか?」


 だが、それも無理のない話だった。


 まず、前提として野球選手には試合で使う5つの重要な道具(ツール)がある。即ち、ミート、長打(パワー)、守備、足、肩だ。

 メジャーリーグで殿堂入りした背番号51のようにその全てに優れた選手のことを『5ツールプレイヤー』といい、これが野手の理想像とされている。勿論、大半の指揮官もこの5ツールを基準にスタメンを決定していく。


 当然だ。


 ヒットを連発する、特大のアーチを描く、スペクタクルな守備で観客を沸かせ、必要に応じて盗塁を決め、相手走者を矢のような送球で仕留める……そんな選手はグラウンド上で鮮烈な光を放つのだから。


  そして、白井はその5ツール全てで()()()()()()()()()()()()()()()


 だから常識的に考えれば、今の白井は目立った長所のない三流選手だ。


 しかし、この先で甲子園に旋風……というか暴風雨を巻き起こすチームを作り上げることになる近代高崎の名将、山本論助の着眼点は違った。


「ああ、君には資質がある。シニアリーグの過去大会全記録から抽出したデータ、そして今日の試合を見て確信した」


 後に『流行の最先端の更に十年先を生きていた』と評される事になる山本。大学院でデータ解析と統計学を学んだ彼は、野球には『幻の第6道具(シックス・ツール)』が存在する事にどの指導者よりも早く気づき、本年よりレギュラー選考の最重要指標として取り入れることを決めたのだ。


 ちなみにその道具が何故この時代まで日の目を見ていなかったかというと、5ツールの鮮烈な光に隠れ、また相手投手や審判など周囲の環境にも左右される個人で完結しない能力だったからである。

 しかしその重要性たるや、合理主義の最先端たるメジャーリーグにおいて『野球チームの成功と勝利に最も大きく寄与するツール』と結論づけた解析結果もある位だ。


 そんな、2020年代の野球において5ツールと同等以上に評価されるようになった第6の道具とはーー



「白井くん、君は類い稀な『選球眼』の持ち主だ」

「選球眼……」


 それはボール球を振らず、難しい球はカットしながら打つべき球を見定め、投手に球数を投げさせて出塁する能力を言う。

 言葉にすると地味で、一見誰でも出来そうにもみえる。


 だがしかし、アドレナリンが噴出し興奮状態に陥る試合で、高速で動くボールを前にしてその任務(ミッション)を冷静に遂行することは困難を極める。故に選球眼は近代メジャーリーグでは『打席内自制心』と別名がつく。


「君の試合記録を見ると四球を多く選んでいるから『出塁率』が異常に高く、三振も極端に少ないことがわかった」


 なお、野球のデータを統計学的に客観分析し、選手の能力や戦術を数値で評価する手法セイバーメトリクスにおいて『三振と凡打は別物!』とされている。

 打球がフェアゾーンにとべば走者進塁やエラーの可能性がでてくるからだ。


「君の様な選手が多いチームを作る事ができれば、その対戦相手がどうなるか分かるかい?」

「えっと、『なんか今日、全然三振がとれないし毎回ランナー背負って戦ってるな』という状態に……」

「その通り。そして私はチーム方針として単体でも厄介なそれに、『走力』というコンボをつけ加えるつもりだ」


 白井は、山本の言う事は理にかなっていると思った。機動力があるランナーが塁上にいる場合、バッテリーの負担は激増するからだ。


 投手の場合は盗塁されないように注意を払う必要があり牽制、クイックなどマウンド上で行う動作が増える。故に、それまで好調だったのにランナーを出した途端制球を乱す選手も多い。


 また捕手にも『速球中心の配球』という制約が生まれ打者に狙い打たれやすくなる。緩く、曲がりの大きい変化球では投手が投げてからキャッチャーへ到達するまでの時間が長くなり、盗塁阻止が困難になるからだ。


 加えて言うと、内野手の守備位置にも様々な制約がでてくる。なぜなら、牽制球や捕手からの送球を取れる位置に居る必要があるから。


 分かりやすくまとめると、盗塁を警戒すると投手のコントロールは甘くなり、捕手の配球は単調になり、守備も少々脆くなる。


 ただ、問題はーー


「すみません、僕、足が遅いんです」


 シュンとする白井。

 だが山本は、問題ないよ、と笑った。


「今は君に『スプリント』の技術がないだけさ」


 短距離を速く走る能力は野球で大きなアドバンテージとなるが、意外と『走り方』を正しく教えられる指導者は少ないのだと山本は言う。


 それはきっと、走るだけなら教えなくても誰でもできるようになってしまうからだろう。


「しかし『走る』のは誰でもできるが、長距離を効率的に走る『ランニング』と短距離を効率的に走る『スプリント』では技術体系がまるで異なる。そして、『スプリント』に使う技術と神経回路は、正しい知識とトレーニングなしにはなかなか獲得できない」


 見れば分かるよ、大方ここの監督は野球選手にとって優先度の低い長距離走(ランニング)ばかりさせてきたのだろうと山本。


 その通りだった。


「近代高崎は外部コーチとしてビーチフラッグの元日本代表選手にきてもらっている。断言するが彼に教えて貰えば君の足はすぐ早くなるよ。あとねーー」


 そこで、もう一つキミのスカウトを決めた重要な要素があるのだがと……山本は指を立てる。


「選手プロフィールをみると君は三月生まれだったね」

「あ、はい」

「それは素晴らしい伸び代だ。いいかい、実はプロ野球選手には4〜6月生まれが非常に多く、1〜3月生まれは少ないんだ」


 驚く白井に、山本は話を続ける。


「持てる者は自然とさらに持てるようになるのを『マタイ効果』というんだがね……日本の四月生まれは小学生の頃に運動能力や体格で有利なため早くレギュラー選手となり活躍し、同級生よりも良い環境で練習できるようになるからプロになりやすいという、ただそれだけの話をなんだよ」

「成程、言われてみれば思い当たる節があります」


 今のチームはレギュラーとそれ以外では日頃の練習から扱いに酷い差があった。同世代より体格に恵まれなかった事で練習機会や出場チャンスを沢山逃してきた気がする。


「しかし、プレーを見ると君は現在高い技術を持っているように見えた。沢山自主練習をしてきたのが分かるよ。その反面、身体が出来ておらずフィジカル不足から結果が出ていないようにも見えた」


 肩は弱いが投げ方は綺麗だったし、満塁から凡退したのもバットの芯で捉えた外野フライだった。あれはフィジカルがあればスリーベースだったねという山本の言葉に、この人ホントよく見てくれてるなぁと思う白井。


「先程の試合中、君のお母さんにご挨拶させて貰ったんだ。かなり背が高かったね、そしてお父さんも高い方だという。つまり、高校で遅めの成長期がきてフィジカルが上がれば君は『選球眼』に加えて従来の5ツールまで高水準に備えた選手になれると私は考えている」



 だから、特待生としてウチに来てくれないか。

 一緒に甲子園に行こう。



 そう言って伸ばされた手を白井が取ったあと、邪魔者が入ってきた。


 チームの四番ピッチャー豪打剛だ。


「山本さん、なんで俺じゃなくてソイツなんすか!納得できないんすけど、もしかしてコネ?」


 失礼な物言いに、柔和だった山本の目が鋭くなる。白井は内心、こっわ!とビビった。


「じゃあ、データを元に三つ理由を説明しようか」


 ひとつ、と指を一本立てる山本。


「まず君には『選球眼』が欠落している。三振率が高いのがその証拠だ。確か今日も三振してたね?」

「で、でもツーベースも打ったのに……」

「断言する。このレベルでボール球をブンブン振る様な選手は、ボール一つ分の出し入れで勝負してくる高校野球の上澄み投手相手には結果を残せない」


 ふたつ、と指が増える。


「投手としてもダメだ」

「何で?!今日ヒットは殆ど打たれてないのに。点を取られたのはエラーのせいだ!」

「その前に四球でランナーをためていただろ?BB/Kという指標をみると、君が『四球が多く三振が取れない投手』と言う事がわかる。球はそこそこ速いようだが、ストレートの質が悪いんだろう。甲子園は炎天下、四球連発で守備時間が伸びるのは困る。ランナーを背負うほどプレッシャーもかかるし、打球が前に飛べば多少のエラーは覚悟してしないといけない。だからそう言う投手は勝てない」


 最後に、と三本目。


「一応、君の事も色々調べはしたんだよ?確か四月生まれだったね。そして、去年から身長が伸びていない。典型的な早熟タイプだ。シニアでは多少大柄でも甲子園クラスだとサイズが足りない」


 以上三点より、君はウチには不要だ。


 そう山本が言い切ると、豪打剛は呆然としていた。まあ、無理もないだろう。彼の球歴上、初めての挫折になるのだから。


「というか、たぶん鎌瀬高校でもレギュラーにはなれないと思うから高校でも試合に出たいなら野手として中堅校にいくことをおすすめするよ」


 最後の一言は、山本としては親切心からの忠告だったが結構オーバーキルとなった。


 ***


 二年後。


 群馬県代表、近代高崎高校は夏の甲子園で台風の目となっていた。


 その特徴はこの時代としては非常に先進的な『セイバーメトリクス』という客観的データを用いたレギュラー選考と『機動破砕』というスローガンで作り上げた超高度な走塁技術の数々である。


 この夏、近代高崎の選手達は圧倒的な出塁率とスピードで甲子園を駆け抜け、中でもその中心となった一人は甲子園のスターとなった。

 その後、その選手はプロに進み、極めて高い出塁率を誇る球界屈指のスピードスターとして『リーグ最高出塁率』、『盗塁王』のタイトルまで獲得。『白い彗星』の異名をとるまでに至る。



 複数のプロ野球選手を輩出してきた名門、近代高崎高校。近い未来に『その歴史上最高の選手は誰か』と問われた場合、真っ先に名前が上がるのはーー




 アナウンサーの声がテレビから流れてくる。


『ここまでなんと全打席出塁!そしてまた来るのか……来たー!成功、本日6つ目の盗塁に成功!」


 新たなる甲子園の星が誕生した瞬間に立ち会った興奮によるものか、捲し立てるような早口だ。


「本日も躍動する白井慧。例えるなら、甲子園を駆ける一筋の流れ星ー!』

野球の長期連載を始めています

本作の白井君も、そのうち強力なライバル校として出てくる予定


下にリンク張っていますので、よろしければ是非↓

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― 新着の感想 ―
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