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千年の神子  作者: 真咲
chapter 1 -追憶-
6/13

05.惨劇の雨



残酷な描写を含みます。

苦手な方は注意して下さい。



「さ、山賊だあぁーー!!!!」

 

 

 

 言うが早いか、気づいた時には、森の端から馬を駆る多くの男たちが映った。彼らは一様に、獣の皮を上着代わりにはおり、肩や、胸、肘に甲冑をつけ、口元ににやりと薄汚れた笑みを浮かべている。

 手に持つ武器は様々で、村人たちのような『農具』ではなく、人や獣を殺すために作られた、剣や弓や槍が主だった。

 弓を持った数人が、家々に火矢を射る。炎はたちまち大きくうねりを上げ、辺りを包んだ。

 

「いいかぁ、てめえら!! 若い女は殺すんじゃねえぞ!」

 

 頭目と思しき山賊の一人が叫ぶと、猛々しい雄叫びが四方から上がった。

 

 一人、逃げ惑う若い男が応戦しようと簡素な(つるぎ)を構え、けれど山賊は、剣ごと男を切って捨てる。

 一人、荷物を抱えた老婆が、地を這いずるように(せぐくま)り逃げる。その背中を、その心臓めがけ、山賊は何の躊躇もなしに長い槍で突いた。

 一人、幼い少女が、もうすでに事切れた父親の手を握り締め、慟哭する。その首を、山賊は豆腐でも切るかのように、すっぱりと、いっそ鮮やかだと言わんばかりにもぎ持った。

 山賊たちの誰しもが口を歪め、笑っている。瞳は濁り、暗く深淵に包まれているようだと、琴子は戦慄した。それは、ただただ、殺戮を楽しむ残虐な殺人鬼のように。

 

 

  ――――――――――― 狂ってる。

 

 

 背中を、ひんやりと冷たい汗が一筋流れた。

 琴子はニ、三歩後ずさり、そのままぺたんと地面に倒れるように座り込む。

 

「お、お前のせいだ!! このっ、死を呼ぶ神子!!」

 

 不意に、それまで琴子の腕を掴んでいた村人の男が、取り乱したかのように手に持っていた(くわ)を掲げた。

 

「っ?!」

 

 男の目は血走り、正気の沙汰ではない。

 頭の中は真っ白で。男の瞳に滲む殺意が、どこまでも恐ろしかった。

 震える両足を叱咤して、慌てて立ち上がろうとするものの、身体は硬直し、言うことを聞かない。

 

 

 

 殺される。殺される。

  ―――――――――― 殺されるッ!!

 

 

 

 硬く瞼を閉じて、身体を竦める。

 そうして、死を覚悟した、その時だった。

 

 

 

 

 ごとり、と"何か"が地面に落ちる音が聞こえた。

 

 

(な、に…?)

 

 恐る恐る、瞼を開く。視界に、男の持っていた鍬が目に付いた。あの"音"は、鍬を落とした音だったのだと気づき、更に琴子は無意識に目線を上げた。鍬の先に、男の腕が見えた。

 

 

「 ――――――――― ひっ…!!」

 

 

 悲鳴が喉につっかえる。

 男は、目を見開いたまま胸から刃を生やしてい(・・・・・・・・・・)()

 死んだ魚のように、虚空を見据える双眸。唇から、一筋、真っ赤な血が零れ落ちた。ズッと肉が刃に擦れる音が嫌にリアルだ。

 そのまま、男の背後から、男を貫いた山賊は、その刃を一気に引き抜いた。

 

 途端、男の胸の空洞から、琴子に向かって暖かな雨が降り注がれた。

 

 

  ――――――――― 血…?

 

 

 瞬きすらできず、呆然と一連の行動を見据えた。

 

 

 鉄の匂いがあたりに充満する。震える手で、そっと自身の頬をなぞれば、紅の鮮血がべっとりと指に絡みついた。

 

「あ…あぁ…あッ……!!!」

 

 全身が恐怖で威竦み、視界が涙で滲む。

 怖い、怖い、怖いッ…!!

 酷い匂いに、今にも眩暈を起こしそうだ。

 こみ上げる吐き気を抑えきれず、琴子は躊躇なく、傍らに嘔吐した。

 

 

 数度咳き込んで、全てを吐き出しても、胸を襲う気持ち悪さは収まることはなかった。

 

 

 「こりゃあ、悪いことをしたなぁ」

 

 

 ふと、耳に低く響いた声に、琴子は反射的に「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

 にたり、と唇をゆがめ、山賊が嗤った。

 山賊は、琴子を上から下まで、舐めるように見据え、笑みを深める。

 

  ――――――――― 背筋に、ぞくりと悪寒が走った。

 

 危険、危険、危険…!!

 真っ赤なシグナルが、警鐘として、琴子に伝える。

 逃げなければ。

 殺されるより、もっと…もっと酷い、もっと恐ろしい目に遭うのだと。

 

 理解した途端、それまでの硬直もかなぐり捨て、琴子は駆け出した。背後から、「おいおい、逃げんなよ」と低い声が木霊し、琴子を震え上がらせる。

 数メートルも走らないうちに、琴子は馬に乗った男に追いつかれ、退路は完全に絶たれた。

 

 

(怖い、怖い、怖い…ッ!!)

 

 

「そう怯えるなよ、これからたっぷり、お楽しみの時間なんだ…」

 

 馬から男が下りたつ。

 半月に細められた、男の双眸と。緩やかに弧を描く、口元。

 

「こ、来ないでッ!!」

 

 両手で胸元を握り締め、恐怖に震える。

 

 

「逃げるなよ。すぐ良くしてやるからよぉ」

 

 にたり、男の卑下た笑みが深まった。

 そうして、伸ばされるてのひらに、腕を掴まれる。

 

 

「い、やだっ!! さわらないでッ!!」

 

 悲鳴とも、叫びとも覚束ない金切り声を上げて、琴子は反射的に男の手を叩き落した。途端、男の顔が怒りに歪む。

 

 

 

「 ――――――― このアマッ!!」

 

 言うが早いか、渇いた音が空に響き、琴子の頬に、痛みが走った。

 殴られたのだ、と。

 あまりの衝撃にバランスを崩し、その場に倒れこむ。たった一発殴られただけで、脳震盪を起こしそうだった。ジーン、と耳鳴りが止まない。

 

 

「大人しくしてりゃあ、痛い目をみずにすむんだよ!」

 

 そう怒鳴ると、男は琴子に覆いかぶさった。

 首筋から、鎖骨へ、ざらりとした生暖かい感触が走る。

 身体中を、ささくれだった指が這った。

 

「ひっ…!!」

 

(い、やだ…)

 

 怖い、気持ち悪い、誰か…! 誰か、誰か、誰か!!!

 

 

 わき腹から、胸元へ。

 太股を撫で上げる指。耳元に感じる、荒い息。

 

 

「やあああぁぁっ!!!!」

 

 

 もがいて、叫んで、手足をがむしゃらに動かして。その度、男は激昂し、琴子を殴った。山を歩き回った時にできた傷も、村人たちに石を投げられてできた傷も。裂けて、開いて、血が滲む。

 けれど、琴子はそれすらも気にとめず、ひたすら暴れ続けた。

 

 

 恐怖と、気持ち悪さに、涙が溢れてとまらない。

 

 

(誰か、誰か…!! 誰でもいいから、お願い…ッ!!)

 

 

 

「誰かッ ――――― 」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――― ここはお前の言う国でない

 

 

 

 叫んで、ふと脳裏に蘇った老婆の言葉に、声が途切れる。

 ただただ、琴子は涙の溜まった双眸を驚愕に瞠った。

 

 

( 『誰か』って、 ―――――――― だれ?)

 

 

 そうやって、『誰か』に助けを求めて。

 けれど。

 結局、『誰か』なんていないことに気づく。

 

 だって、ここは琴子の知る『日本』ではない。知らない世界。知らない国。知らない人。

 

 

 

 

 

  ―――――― そう、お前は正しく『千年の神子』

 

 浮かんで。

 

  ―――――― 世界を闇へ導き、国を腐敗させ、邑を死に至らしめる

 

 霞んで。

  

  ―――――― この国の未来を、守るのさ

 

 重なって。

 

  ―――――― てめえ、見え透いた嘘を!!

 

 幾重にも。

 

  ―――――― 神子は死を呼ぶ。

 

 幾重にも、幾重にも。

 

  ―――――― お前のせいで、父ちゃんが死んだんだ!!

 

 やきついて、はなれない。

 

  ―――――― 夜明けと共に、―――――― 殺す。

 

 

 

 

(……ああ、そうか)

 

 

 

 

  ―――――――――  殺 せ  殺 せ  殺 せ   こ  ろ  せ !!!

 

 

 

 

 そうか。…そう、だったんだ。

 

 

(誰も…)

 

 そう、誰も。

 

 

「誰も、助けてなんて、くれない…」

 

 小さく。

 

 

  ――――――― たった、独りきりなのだ。

 

 

 

「たすけてなんて、くれないのよ…」

 

 

 小さく、呟いて。

 

 

 

 

 ぷつり、

 

 琴子の中で、何かが途切れる音が聞こえた。


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