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千年の神子  作者: 真咲
chapter 1 -追憶-
5/13

04.死を呼ぶ神子



かるーく残酷描写含みます。

苦手な方はお気をつけ下さい。




「琴子ー、こーとこー! こら、おきろ! 琴子ってば!!」

「 ――――――――― っ?!」

 耳元で煩いほど響いていた聞き覚えのある声に、琴子は身体を跳ね上げ、飛び起きる。

 

(あ…れ?)

 

「ここ…」

 

 呆然としたまま、辺りを見渡す。目に映ったのは、日々通いつめている、高校の教室だった。

 目の前には、唖然と固まったままのクラスメイトの姿。

 

「なに…? なんて顔してんの、あんた…」

 呆れたような彼女の声すら、琴子の耳には届いてはいなかった。

 

「え……? ゆ…め?」

 

 夢? 夢だったのだろうか?

 あの異形の獣も、あの不気味なほど静かな森も。

 すべて、夢 ―――――― ? 

 

 どく、どく、どく、と不自然なほど早まる鼓動が、次第に収まって。ふっと、身体中から力が抜けた。

 

「こーとこー? おーい? 帰っておいでー?」

 

 ひらひらと眼前で手を振るクラスメイトに、思わず抱きついて。そうしてそのまま、琴子は思い切り声を上げて泣いた。

 

「こ、琴子ぉ?! なに、どしたの、あんた!」

「よ、良かったよぉ…っ!」

 

 

 良かった、良かった、良かった…!! 夢で、良かった ――――――― !!

 








 








「 ―――――― 起きろ!!」

 








  ――――――――― バシャン、と冷たい何かが、顔を濡らす。

 

 

 

「っ?!」

 

 あまりの冷たさに、琴子は思わず、ハッと目を見開いた。

 

 

( ―――――― ああ…)

 

 そうしてすぐに、理解する。

 

( ―――――― ああ…、夢は、あっちだったんだ…)

 

 

 突きつけられた現実に、思わず瞳に涙が滲んだ。硬い土の感覚が、妙にリアルで、琴子は息を詰まらせる。そうしてふと、自分が今、地面に横たわったままの状態であることに気づいた。

 慌てて立ち上がろうとすれば、身体は言うことをきかない。怪訝に思ってみれば、腕が一人の男によって固定されていることに驚愕した。

 

( ―――――― え?! な、なに…っ?)

 

 ついで、辺りに視線を走らせる。同時に、その光景に息を呑んだ。

 

 地面に倒れ込んだ琴子を囲むように、辺りに佇む、人、人、人。

 古臭い、煤けたような簡素な服に身を包んだ彼らの手には、松明と共に、犂や鍬などの農具が握られていた。

 大人も子供も、男も女も、ゆらりと炎に翳る彼らの目は、一様に血走っている。

 琴子を見据えるその視線は、どこまでも暗く濁り、嫌悪も露だった。

 

 ぞっとする。

 

 生まれてこのかた、こんなにも、悪意と敵意と、殺意に満ちた目を向けられたことなど、一度としてなかった。

 恐ろしいまでの負の感情が、琴子の喉元に鋭い刃のように当てられている気がした。

 自然、恐怖でカタカタと全身が震える。

 

 

「目覚めたか、死を呼ぶ神子(みこ)よ」

 

 

 ふと、視線を声の礎である正面へ向ける。

 そこには、薄暗い外套に身を包んだ老婆の姿があった。

 幾つも腕に重ねられたブレスレット。様々な形に彩られた指環。ジャラジャラと独特の音を立てるネックレス。折れ曲がった腰を支えるような木の杖を片手に、老婆は一層仄暗い視線を琴子へ向ける。

 老婆の周囲には、老婆を守るように数人の男たちが佇み、そのうちの一人の手には、空の桶が握られていた。ああ、あれで水をかけられたのか、と。琴子は鈍く動く頭のなかで、理解した。

 そんなことは、どうだってよかったのだ。

 そう、何より気になったのは、そんなことではなくて… ――――

 

 

「死を呼ぶ神子…?」

 

 

 ぽつり、声を零す。

 そう、確かに、この老婆は琴子に向かって、『死を呼ぶ神子』とそう言ったのだ。

 

 

 初めて声を上げた琴子に、周囲が警戒するように、各々の農具を掲げる。

 老婆はすっと目を細め、琴子はそんな周囲の反応にびくっと身体を竦ませた。

 

 

「そう、お前は正しく『千年の神子』。その闇色の髪、その黒曜石の瞳、違えるはずもない。この国に、…この(むら)に、死を呼ぶ神子さ」

 

 

(千年の、神子…?)

 

 なんなのだ、それは。

 見たこともなければ、聞いたこともない。

 

 

「な、なにを言ってるの? 変な格好して、頭おかしいんじゃないの?! だいたい、あたしはそんなんじゃない…っ! 千年の神子なんて、知らない…!!」

 

 思わず叫べば、途端、老婆の側に佇んでいた一人の男が ――― 琴子に水をかけた男だ ――― その手の桶を琴子に向かって投げつけた。

 驚き、慌てて身体を竦めたが、桶は琴子の右頭部から右肩にかけて命中した。

 ガン、と高い音が響いて、痛みに小さな悲鳴を上げる。

 

「てめえ、見え透いた嘘を!! 大婆様、一刻も早くこの娘を天帝へ供物として奉るべきだ!!」

 

(くも、つ…?)

 どういうことだろうか? どこかで聞いたことのある言葉だと思った。そう、あれは、近所の神社で、祭りをやっていた頃の……。

 

 

「今しばらくお待ち。じきにたそがれの時はやって来る。明けの明星と共に、この娘は天帝へ捧げる」

 

 

 そう。

 その、意味するところは ――――――

 

 

「死を呼ぶ神子の、血と、肉と、魂をもって。この国の未来を、守るのさ」

 

 

 血と、肉と、魂を、もって…?

 

 

 

 

 

「娘は、夜明けと共に ―――――― 殺す」

 

 

 

 

(う、そだ…)

 

 

 呆然と、驚愕に目を見開いて。

 

 ころす?

 殺すって、ナニ…?

 

 

「ねえ…、ちょっと、やめてよっ…じょ、冗談でしょう? 殺す、なんて…!」

 

 震える声を搾り出し、老婆に向かって叫ぶ。

 けれど、老婆は目を細めただけで、小馬鹿にするように琴子を見据えた。

 

「冗談? 馬鹿をお言いでないよ。神子は死を呼ぶ。国を腐敗へ導く。だから、神子は殺す。これは、この国の意向であり、定石さ」

「国って……それこそ、馬鹿言わないでよッ!! ここは日本でしょう?!! 殺人は犯罪よ! あたしは何もしてない! 意向も定石も、ないじゃないっ!! これ、なにかの撮影とかでしょう?! だったらいい加減にしてよ!」

「お前は何を言っているのさね。ここはお前の言う国でない」

 

 取り乱す琴子に、老婆は冷たい瞳を向けて淡々と言葉を紡ぐ。これ以上は、聞いてはいけない、と、どこかで警鐘が鳴った。

 

 

「ここは西の大陸の二大大国のひとつ、聖王国レジェンド」

 

 

 違う。

 

 

「そしてお前は、千年の神子」

 

 

 違う、そんなはず、ない。

 

 

「世界を闇へ導き、国を腐敗させ、邑を死に至らしめる」

 

 

 そんなはず、ない!!!

 

 

「そう、死を呼ぶ神子 ――――――― 」

 

 

「違うッ!! そんなはずない!!! 全部嘘だ!!! 嘘だ、嘘だ!! あたしは違う!! そんなのじゃない!! ちが…」

 

 勢い良く身体を起こし、老婆に食って掛かる。

 刹那、ガツッと何かが米神に当たって、琴子は衝撃に身体を倒した。

 

(な、に…?)

 

 呆然と、瞠目した。地面に、ポツリ、ポツリ、と血が滴り落ちる。目の前に転がる拳ほどの大きさの石を、投げつけられたのだと気づいた。

 怒りと、屈辱と、恐怖と、困惑で、身体が震える。

 ゆっくりと、石が投げつけられた方向へ顔を向けると、真っ直ぐな視線とかち合った。

 

(こど…も…?)

 

 視線の先に、おそらく十にも満たない少年の姿が窺えた。

 

 

「お前のせいで、父ちゃんが死んだんだ!!」

 

 

(なにを、言ってるの…?)

 

 

 息を呑む。少年の瞳は、憎しみと憎悪に満ちていて。一瞬たりとも、目を逸らすことなどできなかった。

 そんな少年の言葉を皮切りに、辺りを取り囲む他の村人からも、次々と恨み言の声が上がる。

 

 うちの家畜が昨日死んだ。あの娘のせいだ。

 うちの妻が病に倒れた。あの娘のせいだ。

 うちの作物がみんな枯れた。あの娘のせいだ。

 

 

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ!

 死を呼ぶ神子を。闇色の髪を抱き、黒曜石の瞳を秘めた、千年の神子を。

 

 

 

「ち…ちがう…」

 

 幾つも、幾つも、四方八方から、琴子に向かって石は投げられる。腕を掠り、脚を打撲し、背中に傷をつけ、頬を切る。

 流れ落ちる血にも目を留めず、村人たちの瞳は、どこまでも暗く、暗く、暗く、闇に染まっていた。

 

 

「あたしは、違うっ!!!」

 

 

 

 腹の底から、そう叫んだ、まさにその刹那のことだった。

 








 








「ぎゃああぁぁ!!!」

 








 琴子を囲むように円になった人垣の、一番後ろから、低い悲鳴が木霊する。その場にいた全ての人間が、驚愕と共に、一斉に声の手の方向へ視線を走らせた。

 

 

「なにごとだ!?」

「どうした?!」

 

 老婆と、周囲の男たちが叫ぶ。

 彼らの声に、ぱっと人垣が割れ、その先に、地面に俯けに倒れた人影が見えた。その背中から、『なにか』が生えている。

 

 否。

  ――――― そうではない。

 

 琴子は刹那、息を呑んだ。

 

 

(生えてるんじゃない…っ、あれ、"矢"だ…)

 

 

 ドラマや、歴史の教科書で見た、弓矢の、矢。

 目を開いたまま、背中に矢を受けた男は、既に絶命しているように見えた。

 地面に広がる黒い染みは、男の血であるのだと。

 

 どくん、と鼓動が早まる。

 

 

 初めて見た『死体』だった。

 

 

 呆然と固まる琴子と村人たちだったが、不意に、ドッドッドッ…と低い、土を蹴る音が耳につき、ハッと顔を上げた。

 ――――――――――― 『馬』だ。

 琴子がそう理解すると同時に、誰かが高々と叫び声を上げた。

 

 

 

「さ、山賊だあぁーー!!!!」


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