第8話 異質な戦場
「んぁ?」
目が覚めると馬車の中にイリアはいなくなっていた。馬車は進んでいるから目的地に到着したと言いうわけでもなさそうだった。窓の外は既に暗くなりかけており、夕陽が地平線に沈みかかっていた。
「……どこ行ったんだ? あいつは」
わざわざ馬車を降りて何かをするというのは考えずらい。誰かに呼ばれたか? でも、このタイミングでイリアを呼びつける人物って誰だ?
「なるほど。姫騎士か」
この馬車に乗る前に大方の編成は聞いた。後方に姫騎士が乗る馬車があるとか言ってたからもしかしたらそこに行ってるのかもしれないな。
「まあ、そんなことが分かっても俺が何かをするという事もなければ、できることがあるわけでもないんだがな」
目的地まではまだまだかかるだろうし、俺が馬車を降りて後方に行くわけにも行かない。だから、このまま俺は馬車の中で悠々自適に過ごしていればいい。もう少ししたら戦場で戦わないといけないんだ。休めるうちに休んでおかないと体がもたない。
「はぁ、まさかマジでもう一回戦う羽目になるなんて思わなかったぜ」
戦場に立つのは昨日を除けば三年ぶり。体はなまってるだろうし魔法も全盛期ほどうまくは扱えないだろう。それに、持っている武器はこんなボンクラ。今出せる実力は全盛期に遠く及ばないだろう。良くて6割くらいといったところか。
「絶対に死にたくない。俺は絶対にこの戦争を終わらせてヒキニートになるんだ」
改めてそう心に誓ってから眠りについた。揺れも少なくて、椅子はクッションになってるからフカフカで安眠できた。そして、数回野営をして気が付いたら目的地にたどり着いていた。
◇
「さて、ここからが本番です。もうふざけたことはしないでくださいよ。レイス」
「わかってるって。流石にこんなにピリついた雰囲気でふざけられるほど俺の心臓は鋼鉄製じゃない」
この前来た傭兵がたくさんいたテントとは違って、ここの雰囲気はかなりピりついていた。何かあればすぐにでも攻撃されそうだ。まあ、ここにいるのは全員国に仕えている兵士か騎士だ。戦況を理解しているからこそピリつくのは仕方がないのかもしれない。
「じゃあ、私はこれから本部に向かって戦況と作戦の確認をします。レイスは私の後ろに控えていてください。あと、発言はしないでください。本部内にいるのは上級将校だけです。さすがの私もあなたの失態をフォローはできませんから」
「わかってる。天幕内ではイリアの後ろの控えて発言する気は無いから安心してくれよ」
言ってみれば、俺はこの場では部外者ではない。対外的に今の俺がどんな扱いなのかはわからないが、本部内で発言ができるほどの立場でないのは確実だ。する気もない。俺がいるのはイリアを守るためであってこの戦場にそこまで興味はない。まあ、勝てれば一生ヒキニートとして過ごせるわけだけど。
「ならいいです。じゃあ、行きましょうか」
「へいへい」
俺はイリアの後に続いてテラソルス王国の国旗が掲げてある天幕の中に入って行く。中には甲冑を着た男が数人。深紅の長髪をした絶世の美少女が中心にいた。琥珀色の自身に満ち溢れた釣り目に女性にしては高い身長。全身から気品のようなものがあふれ出ている。おそらくあれが深紅の姫騎士だろう。初めて見たけど、確かに美しい。それにあの立ち振る舞い。相当強いな。
「イリア・グランヴァイスただいま参上しました」
「よく来てくれたイリア。わざわざこんな戦場に呼び出してすまないな」
「いえ、姫様が戦場に出るのに騎士である私が前線に出ないわけにはいきません」
イリアはすぐに姫騎士の元に行って膝まづいていた。俺はイリアの後ろをついて行きながら天幕内の隅に陣取る。できるだけ空気に徹して意識を向けられないようにしよう。変に意識を向けられてやっかみとかを買ったら面倒で仕方ない。それに、イリアに迷惑をかけるかもしれないし極力目立つ行為は避けたい。
「そうか。それで、そこにいるのがお前の言っていたレイスか?」
「はい殿下。今回は私の部下として連れてまいりました。実力に関しては私が保証します」
「黒髪か。珍しいな。この国の人間ではないのか?」
「ええ。彼はハイスカイ王国の人間ですので」
イリアと姫騎士が何やら話し込んでいる間に、周囲の将校は俺を値踏みするような目で見てきていた。あんまり向けられて気持ちのいい類の目ではないな。
「ハイスカイ王国の。なるほど。詳しくは聞かない方がいいな。本人と少し話がしてみたい。後で私の天幕に連れてきてくれるか?」
「かしこまりました。後でレイスに言っておきます」
「うん。よろしく頼むぞ。じゃあ、戦況の確認と作戦を立てるとしよう。この王国のためにも私たちは負けるわけにはいかないからな!」
姫騎士の一言で天幕内にいた将校達が一斉に声を上げる。姫騎士が前線に出てきたという事もあって将校達の士気はかなり上がっているようだ。数日前とは大違い。この状態が続けばもしかしたらこの戦争にも勝てるかもしれない。
「にしても、やっぱり魔法士が少ないな」
ここに来るまですれ違った人間の中に魔法士は一人もいなかった。絶対数が少ない魔法士を見かけないのはわかるんだが、流石に少なすぎる。イリアから聞いた情報と違い過ぎる。少なくとも二十人ほど魔法士がいると聞いていたのだが……
「きな臭くなってきたな」
どうしたものか。恐らくイリアが連れてきた大隊に魔法士は一人もいない。魔力反応が全くなかった。どう考えても異質だ。国はこの戦場を捨てたのか? いや、だとしたらなんで姫騎士を送り込んできた? 確かにイリアと姫騎士は魔法を使えるだろう。それに、騎士がいるなら最低限の魔法を使う事はできるはず。だとしても、戦力不足は否めない。
「レイス? もう会議は終わりましたよ?」
「え? マシかよ。気が付かなかった。で、作戦はどんな感じになった?」
「いやいや、何のために同席させたと思っているんですか? ちゃんと聞いておいてください」
ごもっともだが、それどころじゃない。この戦場は何かがおかしい。どうしてここまで魔法士がいないのか。それともいるけど俺が探知できていないだけなのか。どのみちこの戦力差ではどれだけ戦略を巡らせても意味がないのだ。数の暴力というのはそれだけ効果的なのだから。
「すまん」
「まあいいです。詳細は後で伝えるがそれよりも、姫様があなたと二人で話したいとおっしゃっています。案内するから今すぐに殿下の天幕に迎ってください」
「わかった」
「言っておきますが、絶対に変な事はしないでくださいよ? あと、失礼な言動も禁止です。しっかり考えて行動してくださいね!」
イリアは普段と違って真剣に忠告してくる。まあ、相手は一国の王女だ、流石の俺も一国の王女に対して無礼なことをしようとは思わない。だって、それで不敬罪とかで処刑されたら本当に溜まったもんじゃないからな。




