第6話 騎士の矜持
「ほんほうにすいまへんでひた」
あの後、イリアにこれでもかというほど全身を殴られた俺は顔が腫れてよく喋れなくなっていた。全身が痛い。数か所骨が折れてる気がする。一切手加減をせずにイリアは俺の事ボコボコにした。丁寧に身体強化魔法まで自分に施して。
「まさか、あなたがここまで馬鹿でクズでどうしようもないとは思いませんでした。流石に戦場から逃亡するような誇りの欠片もない行動をするとは思ってもなかったです」
「前にもいっひゃだろ。誇りなんきゃで」
「待ってください。聞き取りづらいので直します。こっちに来てください」
自分でやっておいて聞き取りづらいとか言ってくるのは流石にどうなのか。まあ、俺は回復魔法が使えないからありがたいんだけど」
「〈大気の精よ・彼の者の傷を癒せ〉」
イリアが唱えた回復魔法、フェアヒールのおかげで腫れが引いて幾分か喋りやすくなる。折れた骨もちゃんと治ったみたいで動かしても痛くはなかった。普通、フェアヒールはかすり傷とかを治すのがせいぜいなのにイリアは骨折まで治せる。相変わらず、すごい腕前だ。
「で、なんて言おうとしてたの?」
「だから、誇りなんかで飯は食えないだろ! それに俺は誇りなんか捨てたんだ。誇りをどれだけ守っても大切な物を守れないなら意味なんかないだろ」
誇りなんて所詮はただのエゴだ。こうすることが正しいだとか、こうあらなければならないだとか。他人が勝手に決めた暗黙の了解を馬鹿みたいに守って一体何の得があるんだ。誇りで人は救えない。なら、そんなものを抱くことに一体何の意味があるというのか。
「またそれですか。やっぱり立ち直ってなんかいなかったんですね」
「うるせぇ」
少しだけ残念そうにイリアは俯いてそれだけ言った。立ち直れる気なんてしない。この先何があっても俺は……
「まあいいです。それよりも次は私が直々について行きますのでそのつもりで」
「はっ!? 公爵家の現当主様が何言ってんだ。そんなことできるわけないだろうが!」
イリアはこんなにも若いがこれでも公爵家の現当主。そう簡単に戦場の最前線に引っ張り出されるような奴じゃない。こいつ、本当に頭がおかしくなったのか?
「だから、その私が前線に出されるくらいには戦況が悪いってことです。実際に戦場に出たあなたから見てどうでした? 戦況は」
「どうもこうも。劣勢どころの話じゃない。あれは完全に負け戦だ。魔法士の数は全然足りてないし一兵卒の練度でも負けてる。士気も低いし、正直勝っているところがない」
あの傭兵団は例外そうだけど、傭兵団だけで戦況が変わるほどあの戦場は温くない。戦場に英雄はいない。どれだけ個が強くたって意味がない。最強の兵が前線で敵を殺しても、敵に攻められて大将が討ち取られたら何の意味もない。
「そこまでですか。仮に、全盛期のあなたが本気で前線に立ったら何とかなりますか?」
「しね~よ。そんな事」
「だから、仮にと言ったでしょう」
「言ってぇ……本気で頭を殴らなくてもいいだろうが!」
イリアは相変わらず加減を知らないから困る。幸い身体強化魔法を使っていなかったから頭蓋骨が陥没しなくて済んだ。本当にイリアと関わっているのは命がけだったりする。
「で、早く答えてください」
「なんとかはなるだろうな。とりあえず、厄介な魔法士を間引きしていけばいいわけだからな」
戦場で最も厄介なのは魔法士だ。逆に言えば、魔法士を何とか出来ればいくらでも勝機が生まれてくるってわけだ。あの戦場にいた魔法士は多くて数十人程度。それを何とか出来れば戦況をひっくり返すのだって可能だ。
「じゃあ、頼めませんか? 知っての通り戦況は私が前線に送られるくらいには悪いです。できればあなたの力を借りたいんですが……」
「無理だ。俺はもう、戦いたくない。戦う理由がない。誇りも矜持も俺は捨てた身だからな」
主君はもういない。そんな騎士ですらない俺が一体何のために戦場に立たないといけないんだ。もう殺すのも殺されるのも誰かを失うのもごめんだ。そんなところを見たくない。
「どうしてもダメなのですか?」
なんと言われても動く気にはなれなかった。俺にはこの国にそこまで大層な思い入れはない。二年間この国で過ごしてきたが、帰属意識などは芽生えなかった。どこまで行っても俺の居場所はあそこしかなかったんだ。もう二度と戻ることはできないだろうけど。
「すまないな」
「いや、無理を言いましたね。そもそもこの国の人間でもないあなたいこの国の命運を託そうとするのはお門違いでした。忘れてください」
「なに。謝るような事じゃないさ。それよりもいつ出発するんだ?」
今の時間は早朝だ。今すぐに出立という事は無いだろうが今日中ではあるのだろう。イリアに限って何も無いとは思うけど、戦場に絶対という言葉はない。どれだけ強い人であっても戦場ではちょっとした油断や判断ミスで死ぬことだって多々あるのだ。俺はそう言う連中を何人も見てきた。
「今日の午後です。一個大隊を引き連れて戦場に向かいます。魔法士の数は私を含めて二十人と言ったところでしょうか」
「本気で言ってるのか?」
どう考えても焼け石に水だ。あの戦況で一個大隊が加わった程度でどうにかなるとは思えない。それに、連れて行く魔法士の数が二十人? 絶対に無理だ。こんなの死にに行くような物だろ。本気で向かうつもりなのか?
「当たり前です。私はあまり冗談が好きじゃないですから」
「わかってるのか! ほぼ確実に死ぬぞ?」
「わかってます。でも、今回は姫様も前線に出陣されているのです。殿下の騎士である私が向かわないわけにはいかないでしょう」
姫騎士が前線に出る状況とかどうなってんだよ。この国を終わらせたいのか? 戦況最悪の戦場に自国の姫を送り込むなんておかしい。
「……イリア行くな。お前には三年養ってもらった恩がある。それに腐っても親戚だ。そんなお前を見殺しにするような真似をしたくない」
「無理な相談ですね。姫様を前線に送って私だけこんな安全地帯で生きているなんて耐えられないです。私にだってっ姫様の騎士としてのプライドがあるのですから」
騎士って言うのは本当にどうしようもない。プライドと命。どちらが大事かなんて普通に考えれば命一択なのに騎士という生物はどうもそうではないらしい。難儀な生き物だ。
「やっぱり考え直してはくれないよな」
わかっていた。曲がりなりにも三年間も一緒に過ごして来たんだ。ここでイリアが頷かないことくらいわかってた。でも、できることなら頷いてほしかった。俺はイリアに犬死してほしくない。イリアがこの王国で指折りの強者であることは知っている。だが、一人が強くても意味がない。
「当たり前です。殿下を見殺しにするくらいなら死んだほうがマシですので」
「騎士の矜持か?」
「そんなところです。あなたならわかるはずですよ」
「わからねぇよ。矜持なんかで飯は食えない。命を懸ける価値もない」
昔の俺ならば、イリアに共感していたのかもしれない。だけど、今の俺には到底頷くことなんて出来なかった。
「話は終わりです。前線から逃げてきたことには目を瞑っておいてあげます。あなたは好きに逃げると良いです。まあ、この王国内にはとどまらない方がいいでしょうけどね」
それだけ言ってイリアは城門の中に消えていった。追うべきなのかそれともこのままイリアに言われた通り国を出るか。中々決断することができなかった。




