第15話 元主君からの手紙
「ルルア~そろそろ飯だぞ~」
「すぐ行く~」
前線から帰って早一週間。俺とルルアはイリアの家で呑気に自由気ままな生活を送っていた。ルルアがこの家に来て三日間くらいはかなり戸惑っていたけど、最近は馴染んできたようで俺と一緒にぐーたらしている。
「馴染んできたみたいだな。ルルア」
「まあな。最初の方は不安だったけど、レイスが面倒見てくれたからな。ちゃんと馴染めた気がする。僕に気を使ってくれて本当にありがとな」
「お前らしくないな。成り行きだから気にすんなって。お前がお礼を言ってるとなんだか寒気を感じる」
最初こそビクビクしていてリスみたいに部屋の隅っこで縮こまっていたが、最近では部屋のソファーでぐうたらと過ごしている。
「その言いようは酷くないか? 僕のことを何だと思ってるんだよ」
「可愛い暴れ馬」
「むぅ、怒ったほうがいいのか喜んだほうがいいのか絶妙なラインだな」
実際、俺はルルアの事を本当に可愛い暴れ馬だと思っている。戦場ではあんなに酷い仕打ちを受けたわけだけど、最近のルルアは可愛げがあっていいと思う。依然として暴れ馬な所もあるけど、イリアの家に来てからは俺のいう事もある程度聞いてくれるし、何かを教えるとすぐに吸収してくれるから妹みたいでなんだか愛着がある。
「喜んでいいぞ。お前はちゃんと可愛いからな。それよりも早く降りて来い。もう飯出来てるから」
ルルアのあてがわれた部屋は二階で俺が居候している部屋の隣だ。この家はめちゃくちゃ広い癖に使用人の類が一切いないから掃除とか家事は全部自分たちでやらなけばいけなかった。だから、今の状況で料理をできるのが俺しかいなかったから最近は毎日三人分の料理を作っていた。
「わかった。いつもありがとな。レイス」
「別にいいさ。料理をすること自体は嫌いでもないし。それにお前はうまそうに食ってくれるからな。それだけで十分だ」
ルルアは俺の作った料理を本当に美味しそうに食べてくれる。毎回毎回あんなに幸せそうな顔で食べられたら作ってあげたくもなるってもんだ。彼女の低身長も相まって妹感が加速してしまいついつい頭を撫でてしまう。
「むぅ、頭撫でるなぁ。僕の方が年上なんだぞ?」
「でも、妹っぽいからな。んなことより早く下に降りて来いって。せっかく作った飯が冷めちまうぞ?」
「それは良くないな。早く行こう!」
美しい水色の短髪を揺らしながら彼女は小走りで階段を下っていく。俺も彼女に続いて階段を下りて料理を盛りつけたダイニングテーブルを見るとそこには……
「よぉレイス! この昼食うまいな」
「……それ、俺の昼飯なんだが? というか、なんでお前がここにいる。アルカ」
そこには、俺の作ったパスタをリスみたいに頬に詰め込んだテラソルス王国の第一王女がそこにいた。二人分しか作ってないから俺の昼飯は無くなってしまったというわけか。
「いや、私はただ友人に会いに来ただけだが?」
「護衛もつけずに王女がウロチョロすんな。イリアが大変だろうが」
アルカの護衛であるイリアは今頃主君がどこかに行ったのを知って青ざめていることだろう。俺にはわかる。昔の俺もアリエルが目を離すとすぐにどこかに行くからそのたびに大焦りしたものだ。このお姫様はお転婆にもほどがあるな。
「良いじゃないか。たまには息抜きをしても。ルルアもそう思うよな!」
「うん。アルカは普段から気を張ってるからたまには休息も必要だと僕は思う」
「ルルアはアルカの味方なのか……」
アルカは俺とルルアがここで居候をするようになってから頻繁に遊びに来ている。そのせいか、ルルアもアルカに気を許しており、傍から見たら仲の良い姉妹のように見えるのだ。そのこと自体は喜ばしい事なのだけど、毎回毎回俺の昼飯を奪ってくるのはやめていただきたい。
「味方とかじゃないけど……あっ! 今日もレイスの作るご飯は美味しいな!」
俺の作ったパスタを頬張りながら幸せそうに破願しているルルアを見るとアルカに昼飯を盗られたことなんてどうでもよくなってくる。できるならこの子にはもう、戦場とは無縁の生活を送ってほしいな。
「レイス、お前は食べないのか?」
「今アルカが食っているのが俺の分なんだが? お前が食ったから俺の昼飯が無くなってるんだが??」
「そうだったのか! それは悪い事をしたな」
にこやかない謝罪をしてくるアルカだが、声音からは全く謝罪の意を感じない。こいつを殴ってしまってもいいのではないだろうか? 真剣にそんなことを考えてしまう俺の脳みそは疲れているのかもしれない。
「もう少し謝る気を見せろ。まあ、いいや。今日は何で来たんだ?」
「二人の顔が見たくなってな。王宮内だと皆、私に気を使ってきて息苦しいんだ。お前たちは気を使ったりせずにありのまま接してくれるだろう? だから心地がいいんだ」
前もそんなことを言っていたような気がするけど、どうやら本当だったみたいだ。まあ、様々な気苦労があるだろうから俺もそこまで帰れと強くは言わない。別にアルカのことが嫌いとかそう言うわけでもないしな。
「アルカは今日暇なのか?」
「ん~そう言うわけでもないんだが。まあ、時間があると言えばあるな。なんでだ?」
「一緒に街を歩きたくて。レイスとは何回か行ったことがあるけど、アルカとは無いから。ダメ?」
ルルアはアルカに上目遣いでそう告げる。あまりにも可愛い仕草にアルカも悶えている。あんな頼み方をされたら絶対に断れない。いや、断れる人間がいるのならそいつには赤い血は流れていないだろう。そう思えるほどには可愛かった。
「ダメなものか。もちろんいいぞ!」
「はぁ、こうなるとは思っていたが、どうするんだ? お前の髪かなり目立つだろ」
アルカは国民から深紅の姫騎士と呼ばれている。もちろん、この国で彼女を知らない人間はかなり少ない。特徴的な赤髪を見られればすぐに正体がバレてしまうだろう。そうなったらかなり面倒なことになる。その点はどう考えているんだろうか。
「それは気にしなくていいさ。私は髪の色を変える魔法具を持っているからな」
魔法具、それは魔法が込められた道具であり魔力を込めれば誰でも魔法を発動することができる道具だ。全体的に希少なもので数が出回っていないためかなり高価なものだ。発動する魔法は様々でたまにすごい効果を持つ魔道具が発見されたりするのだとか。
「そんな希少な物持ってるのかよ。それならいいか。じゃあ、食べ終わったら三人で街に行ってみるか」
「レイスも来てくれるの?」
「まあな。アルカも行くみたいだし護衛は必要だろ? いくら変装するとは言ってもさ」
アルカはこんなんでも一応は王族だ。命を狙われることだってあるだろうし、もしアルカに何かあったらイリアは深く後悔するだろう。俺はそんな風に弱るイリアを見たくない。それを抜きにしてもアルカは俺の友人だ。護衛くらいはしても良いだろう。
「頼りにしてるぞレイス。ついでに私に騎士になってくれてもいいぞ!」
「ならないっての。じゃあ、準備しとくから飯を食い終わったら呼んでくれな」
適当にそれだけ言い残して俺は自分の部屋に一度戻る。扉をあけてもう二年間暮らしている部屋を見やる。簡素なベッドに服が数着入っている棚、専門書が大量に蔵書された本棚。イリアの執務室にあったものとは数段劣る執務机。それを見回してから俺は執務机の上に置いてある便箋を見る。
「どうしたもんかな。これ」
二年前から開けることができていない便箋。アリエルが俺を専属騎士から解任した時に渡された手紙。中身を見るのが怖くていまだに封蝋すら開けられていない。
「開ける勇気はないな。開けたら凄く後悔するような気がする」
アリエルが最後に何を書き記してくれたのか。俺に推し測る事はできない。あいつは頭が良くて、いつも誰かのことを思いやっているような奴だった。それを知っていたのに……俺はみすみすあいつを死なせてしまった。専属騎士を解任されても無理やりにでもハイスカイ王国に留まるべきだった。そんな後悔が消えない。
「開けないで後悔するよりはマシなんじゃないのか?」
「……アルカ。いつからそこにいた?」
「いつからって言われてもね。レイスがその手紙を手に取ったあたりかな?」
アルカは部屋の入り口でこっちを興味深そうに見つめていた。どうやら今の独り言を聞かれていたらしい。面倒なことになったな。アルカの性格上、確実に聞いてくるんだろうな。
「ほぼ、全部じゃないか。で、外出する準備はできたのか?」
「できたからこうやってレイスの部屋に来たわけだけど。その手紙は?」
「俺の、元主君が俺に贈ってくれた最後の手紙だ」
「にしては中身を見ていないようだけど」
やはり、こいつは目ざといな。無理して隠しておこうとすると逆にしつこく踏み込んできそうだし。話すかな。
「中身を見るのが怖いんだよ。何が書いてあるのか。あいつが最後に何を俺に伝えようとしていたのかを」
アリエルの性格上、恨み言が書いてあるような事は確実に無いと思う。彼女が何を遺したのか。気にならないと言えば嘘になる。でも、知ってしまったら取り返しのつかないことになるような気がする。
「私が言うのもお門違いかもしれないけどな。やっぱり見たほうがいいんじゃないのか? 言ってしまえば私がイリアに向けて送ったようなものなんだろ?」
「確かにそうかもな。関係性とか立場的にも状況は同じかもしれないな」
イリアとアルカは幼馴染だって聞いたし、立場も専属騎士という事で同じだ。
「アルカがイリアに手紙を送ったとしたら、イリアに手紙を読んで欲しいと思うのか?」
「当たり前だろ。読んで欲しいと思ったからこそ手紙を書くんだからな。読んでほしくないのならそもそも手紙なんか書かなければいいんだからな」
「それも確かにそうだな」
アルカの言う通りだ。読んでほしくないのなら手紙なんか書かなければいい。つまり、アリエルは死ぬ間際に俺に何を伝えたかったのか。俺はそれを知る義務があるのかもしれない。
「まあ、読むか読まないかはレイスの自由だと思う。だけど、アリエル殿下がどう思っていたのかは私にはわからないけど。私だったら読んで欲しいと思うな」
「ありがとな。参考にさせてもらう」
今まで一人でずっと考えてきた。考えて、考え抜いた結果が手紙を読まないという判断だった。この判断が正しいものだなんて全く思っていない。正しいわけがない。でも、どうしても向き合う勇気を持つことができなかった。
「そうしてくれ。それよりも、下でルルアが待ってる。早く行こう!」
「へいへい。今行くよ」
ぶっきらぼうに返答して俺は手紙を執務机の引き出しにしまう。もう少し落ち着いたらこの手紙を読んでみるのもいいのかもしれない。アリエルを失った傷が癒えたわけじゃない。だけど、いつまでも引きづっているとあいつに怒られそうだ。そろそろ前を向いて歩き出すのもいいのかもしれないな。
「俺って、こんな顔もできたんだな」
部屋の鏡に映る俺の顔は普段よりも数段明るい顔をしていた。最近は良い事とか楽しい事とかが全くなくて暗い顔ばかりしてたから自分がこんな風に笑えるのを自分自身忘れていた。俺も中々に末期だな。
「早く行こうか。遅くなりすぎると二人に怒られる」
アルカとルルアが二人して怒ってくると手が付けられない。仲良くなったのはとても良い事だと思うけど、二人が揃うと最近面倒な事に巻き込まれがちなのは悩みの種ではある。




