第1話 ヒキニート、地獄の最前線に送られる!?
働きたくない。俺は心の底からそう思っている。誰かに期待されるのは嫌だし、だからと言って誰かに失望されるのも嫌だ。
だからこそ、俺は仕事をせずに悠々自適なヒモライフを謳歌したい。
これから始まるのは戦争だ。俺が今のまま、悠々自適なヒモライフをエンジョイするための。
「それで? あなたはなんで今、私に土下座をしているんですか?」
本棚が立ち並び部屋の奥にはアンティーク調の執務机が置かれている。全体的に家具は茶色で揃えられており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
部屋には暖炉が置かれており、パチパチと心地の良い音を奏でていた。
「簡単な話だ。俺は働きたくない。だから、このまま俺を養ってくれ!」
そんな落ち着いた室内で俺は、無駄に洗練された土下座を目の前にいる人物にしていた。俺を見下ろす女性は軽蔑の眼差しを向けてきていて、下手したら新たな扉が開いてしまいそうなほどだった。
彼女はイリア。俺の事を飼ってくれているご主人様であり、このテラソルス王国のグランヴァイス公爵家の現当主。息を飲むほどに美しい青みがかった緑色の髪を三つ編みにしていて、海のように深い青色の釣り目を持つ超絶美人。
それが、今の俺の飼い主だった。
「あなた……人間の尊厳とかどこに置いてきたのです? 流石の私もドン引きなんですけど」
軽蔑の眼差しを全身で受け止める。美しい青色の瞳が俺を射抜くが、それでも俺は本当に働きたくないんだ。なんとしてでも。
「お前、バカ言ってんじゃねぇぞ! 尊厳とかプライドなんかで飯が食えるならこの世界で餓死する人間なんかいるわけねぇだろ!」
「いや、働いてないなら食事をする必要は無いのでは?」
「そんな殺生な!?」
確かに極東の地では働かざる者食うべからずということわざがあるのは知ってはいる。だけど、それをこの場で言われる羽目になるなんて思いもしなかった。このことわざを考えたやつを今すぐにでもぶん殴りたい。
「……私は今までいろんな人間を見てきましたが、レイス。あなたみたいにダメでロクデナシで救いようのない人間を見るのは初めてです。このごくつぶし♪」
イリアは俺の前にしゃがみこんで顔を覗き込みながら、罵声を浴びせてくる。
どれだけ口汚く罵られても、どれほど軽蔑されても。働かなくて済むのなら、土下座だって靴を舐めることだってなんだってできる。いや、して見せる!
「そう言わずに! お願いします! 養ってください!」
「いいやダメです。私は三年も待ちました。あなたが三年も経てば立ち直って何らかの仕事をするだろうと」
落胆したようにイリアは肩をすくめる。なんだか、申し訳ない気持ちが溢れてくるがこの程度でニートをやめるのなら三年間もニートをしてはいない。
だから、絶対にここで引き下がってはいけないのだ。
「いや、立ち直ってはいるんだ!」
「じゃあ、働いてください」
「やっぱ立ち直ってなかったわ。もう十年くらい働けそうにない」
働きたくない! なんとしてでもイリアの奴を説得して後十年くらい……
いや、一生養ってもらえるように説得しないと。
「……そうですか。なら仕方がないですね」
諦めたようにイリアはため息をついた。変な事を言うと怒られそうだから言わないけど、ため息をつく姿も可愛くていいな。
本当にこのまま犬として飼ってもらうのもいいかもしれない。などと、本気で考えてしまうくらいにはイリアは可愛かった。
「マジで!? 養ってくれんの!? さっすがイリア! 妖精のように可憐で美しい! もうね、イリアと二年も過ごせてる俺ってば超幸せ者!」
何でかわからんが上手くいった! この感じでぜひとも一生養ってもらいたい。
いや、養ってもらう。
なんとしてでも、働かなくて済む余生を過ごすんだ!
「見え透いたお世辞なんか求めてないです。そんなのでごまかされるほど私はチョろくありません」
あれれ~俺の渾身のお世辞作戦はあんまりよくなかった感じ? 逆効果みたいになってそうだけど。イリアの眉間にめっちゃシワ寄ってるし。
本気でヤバい奴じゃないのか? これ。
「はぁ~あなたのその腐り果てた根性を叩きなおしてあげることにしましょうかね」
「……は?」
根性を叩きなおす? 一体イリアは何を言っているんだ?
「喜んでください。あなたは今日付けで戦場の最前線配備です♪」
ニコリとイリアは不穏な笑みを浮かべている。今までも何回かこの表情を見たことがあるけど、毎回碌な目に遭わなかった。この背中がぞわりとする嫌な感覚。
今回のイリアは一体俺に何をする気なんだ? どんな酷い目に遭わされるんだ?
いや、まあ、殴られたり蹴られたりすることは別にいい。
だが、もし働けなんて言われたら俺は死んでしまう。生きていけない。
何としてもこの窮地を切り抜けなくては。
「あっはっは~お前何言っちゃってんの? 俺は兵士でもなければ騎士でもないんだぜ? 今はただの一般人だ。そんな俺をどうやって前線に配備するって言うんだ? 仕事のし過ぎでボケちまったんじゃないのか?」
今は確かに隣国のルナセリア帝国と戦争中だ。話によれば、戦況はあまり芳しくないらしい。そんな戦場の最前線に俺を送るだと?
一体何の恨みがあるんだ。
「……確かにそうですね。今のあなたは兵士でもなければ騎士でもない。だから、あなたを傭兵として登録しておきました。もちろん勝手に」
満面の笑みでイリアが恐ろしい事を言っている気がする。なんとしてでも止めないと、このままじゃあ俺は明日から元気に最前線の地獄行きだ。そんなのたまったもんじゃない。命がいくらあっても足りないじゃないか。
「はっ!? ちょ、おま、何してくれちゃってんの!? 俺がそんなに憎いのか?」
「こうでもしないとあなたは働かないでしょう? いい機会じゃないですか。ついでにその腐りきった根性を叩きなおしてきてくださいね」
不味い不味い不味い。このままじゃ、本当に最前線に送り込まれる。イリアはやると言ったらやる人間だ。しかも、傭兵なんて戦場では兵士以下の捨て駒扱いされる。ただでさえ、劣勢なのにそんな状況で捨て駒のように扱われたんじゃあ、本当に命がいくつあっても足りない。
「てめっ、ふざけんなよ!?」
「ふざけてるわけないじゃないですか。ちなみにマジですよ? もし行かないというのならここで私があなたを切って差し上げます」
イリアは腰に佩いている剣を抜き放ちながら、その切っ先を俺の方に向けてきている。こいつは頑固だから何があっても一度決めたことは曲げない。
つまり、俺は最前線に行くか、それともここでイリアに切られるかの二択になったワケだ。
今すぐ死ぬか、少し後に死ぬか。
「えっと、本当に行かないとダメっすか? なんかこう、情けみたいなものは?」
「ないですね。とっとと行ってください。というか連れて行ってください」
イリアがパチンと指を鳴らすと扉から全身に鎧を纏った大男が二人入ってきた。どうやら、完全に俺の逃げ道は無いようで、ここまでくると諦めの感情が湧き出てくる。大男二人に両腕をガッチリ捕まれた俺はイリアの執務室から外へ引きずり出される。
「ふざけんな! 離せぇ~」
抵抗してみるが、まったく力は緩むことなく俺はそのまま馬車にぶち込まれた。
逃げ出すだけなら簡単に出来そうだったが、そんなことをしたら本気でイリアに怒られる未来が見える。それに、ここで逃げだしたら軍の馬車を襲撃したとかみなされて国家反逆罪で指名手配とかされたらたまったもんじゃないしな。
「はぁ、俺もここで年貢の納め時ってわけか」
二年間楽させてもらったわけだし、甘んじて戦場に行くとするか。
めっちゃ嫌だけど。
本当に嫌だけど。




