第8話 女装
「……あっ! 来たわね、二人とも」
二人が中庭へ行くとアメリアは既に待ち合わせ場所に来ていた。
「やあ」
「ごめんごめん、待たせてしまったかい」
「いいえ、私も今さっき来たばかりよ。それでだけどね……」
…と言ってアメリアは携えていた大きなカバンを前に出した。ミハイルとクラウスも興味深げにそれを見る。
「…な、何なんだ? 僕がシュライバー君と問題無く会える方法があると言ったが、その荷物が何か関係あるのかい?」
「そういう事ね。けどここじゃあ、もし誰かに見られたら貴方の名誉にも関わるかも知れないから……ちょっとそこの茂みの影に行きましょうか……」
…という事で三人は近くの低木の草陰に移動したのだった。「さて、それじゃあ…」とアメリアはカバンを置いて開くと中身を取り出した……......中から出て来たのは、女物の衣服とカツラだった。
「ん…?」
「はあ…?」
ミハイルもクラウスも一瞬、意味が解らずキョトンとしてしまったが、すぐに彼女の言わんとする所を理解した。
「……な、何だい、それは? ……おい、まさか君、僕に女装しろってんじゃあないだろうな?」
「そうよ」
「断る! 何でそんな事しなきゃあならないんだ!?」
「あなたはシュライバーに顔が割れてるからよ。そうでなければ変装なんてせずに平民としての話し方や振る舞い方をちょこっと教授するだけで済んだんだけどね」
「だ、だからって何も女装させる事は無いんじゃないかなぁ……?」
クラウスも困惑しつつアメリアに言う……が、彼は内心もしもミハイルが女の姿をしたら一体どんな感じだろうかという興味が若干あったのも確かな事実であった。
クラウスの名誉のために弁明しておくと、彼は決して特殊な性癖の持ち主ではないという事である。これはひとえに彼の常日頃置かれている状況のためであり、すなわち女と見紛うぐらいの美男子であるミハイルと毎朝毎晩顔を合わせていたら、そういう疑問というか考えというか興味が湧かざるを得ないのであった。
「……あり得ん!」
ミハイルは言った、だがアメリアも負けじと言い返す。
「いいえ、ここまで来たからにはもう観念してもらうわよ」
「どんな理屈だ!? 君、自分の興味本位が半分以上じゃないのか?」
「それは、なきにしもあらず……とにかくさぁさぁ、着替えた着替えた……!」
…と、半ば強引にミハイルの衣服に手をかける。
「…こら!やめないか!子供じゃあるまいし、服ぐらい自分で脱げる!着替えるから二人ともちょっとあっちへ行っててくれ!」
ようやく観念したらしい。それからミハイルは女の服に着替え、カツラをかぶり、さらにはアメリアに化粧を施された……。
「……っ!!」
……その結果を目の当たりにしたクラウスは思わず言葉を失った……。
凄い美人が目の前にいた。その麗人は奇しくも彼が今までの人生で目にしてきたどんな女性達よりも美しかった。
『あぁ……』と彼は内心嘆息して思った……。
『…俺は、過程を見ていたからまだ良かった……もし何も知らされずにミカがいきなりこの状態(女装)で目の前に現れていたら、本当に惚れてしまっていたかも知れない……』
一方、当のミハイルはというと、そんなクラウスの内心など知るよしも無く、やはり面白くないのか、それとも気恥ずかしいのか、顔を赤らめて少しふてくされたような様子であった。
「はぁ……いくら何でも……こんな……こんな……」
…とぶつぶつ言っていたが、そのうち何も言わなくなった。
……さて、話が長くなってしまったので、その後の顛末を記してこの話は一旦終えようと思う。
その後、アメリアから平民の立ち居振る舞いを仕込まれたミハイルは意気揚々と(その頃にはもう既に乗り気になっていた)平民倶楽部のサロンへと参上し、シュライバーとも存分に歴史談義に花を咲かせたのであった。
その後、予想外……というか半ば予想された展開として、女装したミハイルを本物の女性と思い込んだシュライバーは彼に交際を申し込んだが、もちろんミハイルは丁重に断った次第である。




