第5話 時計塔の秘密②
二人が時計塔の前に着くと既にアリーが来ており、入口前で待っていた。
「…やあ、どうも……」
「やぁ、もう来てたのか」
「済まなかったね、こんな所で待たせてしまって」
時計塔は一応(建物の陰でない限り)学園内ならどこからでも見えるが、それは高さがあるからであった。塔そのものは敷地内でも端の方にあり、周囲には木々も生い茂っていてちょっとした林のようになっている。そのあたり一帯は日が暮れると本当に真っ暗で人通りも滅多に無く、なるほど確かに幽霊でも出そうな雰囲気である。
何となく気の進まなさそうな二人に気付いてクラウスが口を開いた。
「…まぁ、こんな任務は早く済ませてしまおうじゃないか。さっそく時計塔の中へ入って確かめてみよう」
「…あ、ああ、そうだな。幽霊なんて居ないって事を……」
「あぁ、あのぉ……その事なんですが……」
アリーは二人を交互に見ながら話し始めた。
「…実は、僕は、お二人が来るかなり前にここへ来ておりまして……それで、あの……悪いとは思ったのですが……先に一人で時計塔の中へ、入って行ってしまいましてですね……」
「はあ…? え、ええ…!?」
「こ、この時計塔に入って行ったのかい? ひ、一人で…?」
「はい…」
頷いて、アリーは続けた。
「…僕は、隅々まで見て回って来たのです……それで……特に、何も……変わったものなどは、発見できませんでしたので……」
「良くやったぁっ!!」
そう言うとミハイルは実に嬉しそうにアリーの肩をポンポン叩きながら言うのだった。
「そうかそうか……では、これで僕らが時計塔に入って確かめに行く必要は無くなった訳だ。やっぱり幽霊なんていなかった。目撃者は全員何かの見間違いか勘違いをしていた。これでこの件は一件落着だ。良かった良かった。さあクロウ、帰って暖かいココアでも一杯飲んで寝るとしようか……」
「…いや、もう一度改めて三人で行ってみよう」
「何でだよ!? もう良いじゃないか!」
「だって、アリー君が何か見落としてないとも限らないじゃないか……」
「そ、そんな事はありませんよっ!!」
「「……」」
アリーが急に語気を強めたので、二人はちょっと驚いた。
「……あ、いや……失礼しました……」
「い、いや、良いんだよ。気を悪くしたんだったら済まない。別に君を信用してないって訳じゃないんだけど……まぁ……うん、確かに、君が隅々まで隈なく調べてくれて何も無かったというなら、そうなんだろう。皆にもそう伝えておこう。この調査はこれにて打ち切りだ。行こうか、ミカ」
「…ああ、そうだなクロウ」
「……あ、ありがとうございます……」
…という訳で三人は踵を返して寮のそれぞれの部屋へと帰ったのだった……
……と見せかけておいてミハイルとクラウスはアリーと別れた後、再び時計塔前へと戻って来た。
「…こんな事をして、アリー君を騙すようで気が引けるが……」
「いや、彼の方も何か隠してるようだ。僕達が時計塔を調べると言った途端、あのゆったりおっとりした彼が急に慌て出した。おかげで僕も冷静さが戻ったよ。彼は今回の時計塔の幽霊の秘密を知ってるな…………なんて話してたら向こうから誰か来たぞ!隠れろクロウ!」
こちらに近付いて来る足音を聞いた二人は慌てて近くの茂みに飛び込んだ。身を潜めつつそっと様子をうかがっていると一人の女学生がやって来て、きょろきょろと辺りを見回しながら塔の中へと消えていった……。
「…今のは……ええと、誰だったかな…?」
「…自分の同級の顔ぐらい覚えておけよ、クロウ。彼女は同じ学級のアメリア・アントーニア・シャイロックだ。財閥シャイロック商会のお嬢様だぜ。しかしこんな時間にこんな所で一体何してるだ……?」
「…しっ! 静かに、また誰か来たようだ」
二人は再び息を殺して身を潜めた。次に現れたのは……何と先ほど別れたばかりのアリー・シャー・ジャーハーンであった。彼もまた人目を気にするように辺りをうかがいつつ塔の中へと消えていった……。
「……おい、見たかクロウ……」
「……ああ、見た……」
ミハイルとクラウスは茂みから出て来ると、今にもあふれ出しそうな笑みを押し殺しながら言った。
「……なぁーんだって感じだな……」
「…だね……」
「つまりそういう事だ……」
「ああ、そういう事らしい…………皆には幽霊の正体は枯草かボロ布の見間違い、何も無かったと伝えておこう」
「ああ、僕らは人の恋路を邪魔するほど無粋じゃないからな……」
…と、二人してニマニマ笑いながらそんな話をしていたら、時計塔から出て来る者があった。今さっき入って行ったばかりのアメリア・シャイロックだ。
「ひゃあっ!? な、何よアンタ達!?」
「えぇ…っ!?」
「も、もう出て来ただと…!?」
アメリアは二人を見とめてハッとした。
「あなた方……最近学内で噂の探偵コンビね」
「だからそれは成り行きだったと何度も……」
「…それにしても早いなぁ。だってジャーハーンがこの塔に入って行ってから五分も経ってないじゃないか。失礼だが、君らの愛の語らいとかその後の色々とかってのは、そんなに素早く終わるもんなのかい…?」
「…はあ? 失礼ながらミハイル殿下サマ、あなたが何をおおせになってるのか私にはサッパリ解んないんですけど……」
「アリー・ジャーハーン君と逢引きしてたんじゃないのか?」
「アリー……って、あのイスタール帝国からの留学生の? 何で私が彼と忍ぶ恋路なんてしてる事になってるのよ」
はてな…と二人は顔を見合わせる……所へ、アリー・ジャーハーンがぬっと姿を現した。
「……何だか下の方が騒がしいと思ったら……あなた方とはさっき別れたはずじゃないですか……何でまだこんな所にいるのですか……」
「一体どうなってるんだ……?」
「話がさっぱり分からない。頼むから解りやすく説明してくれ……」
…その後、アリーとアメリアの両者から聞いた所によると、何と二人はお互いこの時計塔に出入りしている事を知らなかったという。
「…私はここの地下室に隠してた黄表紙本の在庫確認に通ってたのよ」
「…ああ!なぜか生徒会や教師達が取り締まっても取り締まっても学内に出回るのを防げないと言ってたが……あれを闇で流してたのは君か」
「…僕は……最上階の時計室で、これを嗜むのを無上の楽しみとしていたのです……」
そう言いながらアリーは妙な器具を取り出して見せた。
「何だい、それは…?」
「…あぁ、知ってるわ。いわゆる水煙草ってやつね」
「…タバコ? 学園内では学生の喫煙は全面禁止だぞ」
「……ええ、学生の中には、あえて禁を破る姿を人に見せびらかして楽しむ者もありますが、僕はそういうつもりなどは毛頭ありませんから……けれども、寂しさが募る夜などは、どうしても我慢が出来ないので……ですから時計塔でこっそり嗜んでいたのです……これを吸っていると、遠い故郷を思い出すのですよ……」
…そう言って彼は遠い目で夜空を見上げた。いつの間にか大きな月が昇っていた。
「何だ……結局二人とも別々な理由で時計塔に通っていたって訳か……」
「しかもそれぞれの用事は地下室と最上階で、塔に入る時にはお互い人目を気にしていたから鉢合わせになる事もまず無かったという訳だな……これが今回の一件の真相という訳だ。なるほど真実なんて判明してみれば何て事も無いないもんだったな……」
「……あれ?」
クラウスはふと気付いて首を傾げた。
「…じゃあ幽霊は…?」
「ああ、それなら……」
…と、アメリアが何かを取り出して見せた。青白い仮面と白い布で作ったお化けの人形だった。
「…う、うわあぁぁっ!!? 出たあぁぁーっ!!!」
ミハイルは叫び声をあげたと思うや、フラ…っとよろめいたのをクラウスが咄嗟に両肩を支えた。アメリアは言う。
「…落ち着いて、作り物よ。ここに隠した黄表紙本に気付かれないように、不用意に人が寄り付かないようにと思って作ったんだけど…………って、ちょっと? 大丈夫!?」
それにクラウスが代わって応えた。
「驚いて気を失っちゃったよ……」




