第10話 機械仕掛けの踊り子
「うぅ~ん……それは…何とも……」
「困ったもんだな……」
「はぁ……」
タルレットは溜め息をつきながら、しかし何か決意したように、言った。
「…いや、自分でもおかしいと思ってるんだ。オートマタに恋心を抱くなんてなぁ…………けどもう、それも今日を限りにお終いにしようと思ってるんだ。彼女に直接会って、それで花束でも送って、それで終わりにしようと思うよ」
「そうでしたか…!」
「それが良い、それが良いですよ」
「…うん、それで君達、ここで会ったのも何かの縁だ。ちょっと付き合ってくれないか?」
「もちろん構いませんよ」
…という訳で三人は近くの花屋で花束を買い求め、サーカスのテントの裏側へと回った。大きなテントの裏手には幾つもの小さいテントが張られ、ショーに使われる小道具大道具が置かれて雑然としていた。
「…彼女はどこにいるんだろうな?」
「たぶん楽屋とかがあるんじゃないですか?」
「いや、オートマタだから物置みたいな所に置かれてるんじゃないか?」
「いや、いくら何でもそれはないだろう……」
そんな事を話しながら歩いていくと、あるテントの中から何やら話し声が聞こえてきた。
「……何とかならんかぁ……」
「いやぁ……無理ですよ……この娘は……ローザは……」
それを耳にしたタルレットはハッとしてそのテントへと歩み寄って行った。そして少し開いた入り口からそっと中の様子をうかがう……。
「ちょっと……タルレット先輩、なぜそんなスパイみたいな真似をするんですか……?」
「そうですよ、堂々と入って行けば良いじゃないですか」
「あ、いや……いざとなると何だか緊張してしまって……気後れしちゃってさ……」
そう言って中の様子をうかがう、そこには三人の人物がいた。いや正確には一体と二人であった。真ん中辺りにオートマタのローザが椅子に座っていて、その両隣に、この蒸気絡繰りサーカス団の団長と思しき人物と機械技師らしき男がいて話し合っていた。団長が言う。
「…こいつぁオートマタだが見た目は完璧な美女だ。何とか中の絡繰りを弄って違う動作をさせるように出来んか? 蒸気絡繰りサーカス団はもう潮時だ。ワシはね、こいつをもっと、こう……大人の紳士向けの商売に転用したいと思っとるんだよ。君は技師としてオートマタにそういう事をさせる事に抵抗があるのかも知れんがね……」
「いや、ですから何度も言った通り、私の信念に関係無くそれは無理な相談なんですよ……ローザ、こいつは……いや……」
…と、技師は傍らのオートマタの肩に手を置いて言った。
「…こいつを作った技師は本当に天才だったんですよ。スフィンクルス博士……私なんか彼に比べたら赤ん坊みたいなもんでさ。このローザだけじゃない、あの人が作ったオートマタは皆、外見も動作も本当に生きているようなんです。私なんざ現状維持のための整備だけで精一杯……新たに別な動きを組み入れるなんて出来る訳が無い。それぐらいあまりにも複雑で精緻で完璧な絡繰りなんですからね」
「そこを何とか頼むよ。もし成功したら報酬として給金半年分……いや一年分出す。どうだ? やるだけやってみてくれんか?」
「いやいや、いくらお金を積まれようと、出来ないものは出来ませんよ。私みたいなのがヘタに弄ったら壊れ……」
「そんな事はさせないぞっ!!」
…と、とうとう耐えられなくなったタルレットがテントの中へと躍り出たので技師と団長は驚いた。その後に続いてミハイルとクラウスも「どうも…」と入って来る。
「な、何だい、あんた達は……!?」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!出ていけ!」
怒鳴る団長にタルレットは言う。
「ローザを魔改造する気だな!? そんな事は許さない!」
「はあ!? 何でお前にそんな事を口出しされにゃあならんのだ? 良いか? この娘っ子のオートマタはスフィンクルスちう蒸気機械発明狂が残していったのをワシが買い取ったんじゃ」
「スフィンクルス博士ですか? 知ってますよ」
…と、ここでクラウスが食いついてきた。ミハイルは尋ねる。
「何だクロウ、君の知り合いか?」
「いや、そうじゃないんだが……スフィンクルス博士は蒸気絡繰りの神と言われた蒸気機械発明家なんだ。僕ら蒸気機械技師やその卵達はみんな彼を尊敬し目標としている。その手によって作り出されるオートマタには生命が宿るとさえ言われていたんだ。博士はなぜかある日を境に忽然と姿を消してしまったんだけど、その屋敷には今までの発明品……つまり何十と言う蒸気絡繰り機械やらオートマタやらが残されて、後にそれらの大部分は人手に渡ったと聞いていたけど、その一つがこのローザムンテだったんだな……」
「そういう事じゃ」
団長が言った。その時、タルレットは椅子に腰を下ろしていたローザムンテに駆け寄ると、彼女の身体を抱き上げようとした。
「な、何をするっ!?」
「逃げようローザ!君はこんな所にいちゃあいけない!」
そう言うと飛びかかって来た団長を逆に突き飛ばし、ローザムンテを抱きかかえたまま走り去ってしまった。技師は呆気に取られて、ただただ事態を見守っているだけだった。
「…あ!待てコラ!このオートマタ泥棒めぇっ!」
「大丈夫ですか?」
尻をさすりながら起き上がる団長に、とりあえずミハイルとクラウスは手を貸した。
「あんたら!あの男の仲間だろう!? 何とかしろぉっ!」
「あの人なら心配いらないと思いますよ。そのまんまオートマタ娘と逃避行とか……たぶん、そんな大それた事の出来る人じゃありませんから」
「そうですそうです、今は、ちょっと一時的に頭に血が昇っちゃってるだけでね……」
― ― ― ― ―
……結果から言うと、その通りであった。
「……こんな所に居たんですね、タルレット先輩」
「…あっ! ク、クラウス君か……」
小一時間後、タルレットとローザムンテは発見された。ローゼンベルグ市内のある橋の下に隠れていたのだった。そこに来たのはクラウスとあの技師の男であった。
「も、申し訳ない!こんな事をしてしまって……自分でもどうかしていたんです……!」
そう言ってタルレットは技師に頭を下げた。ちなみに団長は怒り心頭だったので必ず見つけて連れ戻すからと説得してサーカスのテントに残してきた。
「……いや、君の気持は理解出来ないでもないよ……」
技師はローザムンテを見て言った。
「……技師として言わせてもらえれば、彼女は本当に天才スフィンクルス博士が作り上げた傑作だ……今サーカスで見世物になっている事さえ惜しいと思う程にね……」
「ええ、それでね……」
…とクラウスが言いかけた所へ…
「やあ、皆さん!こんな所に居ましたか」
…ミハイルもやって来た。見知らぬ一人の紳士を伴っている。
「彼女が例のオートマタですかな?」
「はい、スフィンクルス博士が残した……」
「あ、あのぉ……」
タルレットは不思議そうに首を傾げて尋ねた。
「…こちらの紳士は一体どなたですか?」
ミハイルが答える。
「ご紹介が遅れました。こちら王立科学博物館の館長をしておられるムセイオン氏です」
「王立科学博物館!?」
「あのスフィンクルス博士のオートマタがこんな所にも……彼女は我が王立科学博物館で引き取らせていただきましょう。展示品ではなく従業員としてね。ご安心を団長さんとは既に交渉済みです」
ミハイルはタルレットの肩に手を置いて言った。
「そういう風に話付けときましたから……すいません、こんな形でこの件を修めてしまって……先輩は不満もあるかも知れませんが……」
「…いやミハイル君、これで良いんだ。ありがとう…………館長さん、時々彼女に会いにお邪魔させてもらっても良いですか?」
「もちろんですとも、いつでもいらしてください」
……そんな人々のやり取りを、自動人形のローザムンテはただただ黙って見ていた。彼女自身はこの成り行きをどう思っているのか……いや、そもそも理解しているのか……スフィンクルス博士の作ったオートマタには生命が宿るとまで言われているが、果たしてどうなのか……それは彼女自身を除いて、この場の誰にも知りようが無いのであった。




