第十三話「リィゼ 後編」2
気が付くと、わたし泣いていたの。何故泣いているのか分からなかった。――違うか。本当は、理由は分かっていた。多分。わたし、自分を殺してしまったみたいな、そんな気持ちになっていたのだと思うの。小さい頃の自分をね。
あの時わたしもこうして殺されていたのなら、どれだけ楽だったろう。お父さまとお母さまと一緒に天へ召されて、幸せに暮らせていたんじゃないのだろうか。
――わたしはいま……幸せ?
自問自答してみるけれど、その答えは、わたしにとって“良い方”ではなかった。でももう生きるしかない。あの時に、そう決めたのだから。
その子をやったことで、改めて決心がついた気持ちだったのだけれど、頬を伝う涙は止まらなかった。見る見る血の気が引くその子の顔を見ると、また涙が溢れて来た。
これから、同じ様な家族をいくつもやらなきゃならない。想像すると、とんでもない任務を言い渡されてしまったと、戦慄したわ。でももう引き下がれない。わたしは、やる。
その子にゆっくりとシーツをかけてあげて、その家を後にしたわ。
家を出たところで、口元を覆う面布を下げ、深く息を吸ってゆっくりと吐いた。苦しい。それにまだ手が震えている。全身の筋肉も、内側から小さく震えている。目を瞑り、もう一度深呼吸した。
わたしがやるんじゃない、カルテナ教団がやるんだ。
一度そう言い聞かせたら、不思議なほどに気が楽になったわ。一件目の子みたいに躊躇することなく、スムーズに仕事をこなせたわ。それどころかわたしの心は、人を殺す高揚感に、再び満たされ始めていたの。
人の体が跳ねるたび、失血して痙攣する様子を見るたび、わたしの心はあの時の高揚感に支配されていった。
ねえ、わたしのこと、狂ってるって思う? そうかしら。どちらかと言えば、わたしが正常だと思うの。だってそうでしょ。人間って、もともと狩りをする動物なはずなのよ。それってつまり、目標を殺して食べるっていうプログラムが、本質的に組み込まれているということだもの。それがいつからか狩りをしなくなって、人間としての本質が崩れ始めた。
つまり、元来持つべきものを持っている人間が正常だと、そう思うのよ、わたし。
家から家に移る際にも、外に出ている人を数人見たわ。顔と名前は全員記憶していたから、勿論分かる。すぐに殺してしまってもいいのだけれど、外では死体を放置すると、発見されてしまうリスクがあるから後回しにしたわ。そのせいで回る順番は狂ってしまうけれど、それは仕方がない。任務にイレギュラーは付きものだもの。
その後も順調に家を回って、とうとう決めていた二人をやる時がきたわ。
先ずは屈強な男から。
戸をそっと開けて、屋内へ忍び入る。男は体よりも、いくらも小さな布の上で寝ていたわ。それにしても大きい。まずは体の自由を奪うのだけれど、失敗した場合、即座に殺す必要がある。この男相手だと、わたしなんか到底及ばないもの。
教団で教わった手法で、首元に深く傷を入れないといけない。けれど男の首の太さと言ったら、大木よろしく、刃が通るとは思えなかったわ。そこで、急所を突く針を取り出した。
一撃で、確実に急所をうつ。しっかりと、落ち着いて。力だけでは届かないかもしれないから、体重をかけて深く入れる。簡単よ。簡単。
深く息を吸い、思い切り首に針を入れた。肉を裂きながら針の入る感触が、手に伝わる。
男は目を開き、大声を上げたわ。でも体は動かなかったみたいで、目だけがギョロギョロと動いていたわ。
――成功した。と思った次の瞬間だったわ。背後の戸が勢いよく開いたの。咄嗟に見ると、そこには鎧を着た兵士が立っていたわ。
何故ここに兵士がいるの!? そう思ったけれど、それよりも、わたしは見られてしまったことに、この任務に対する達成感が全て失われたように感じたわ。
一切誰にも見られることなく遂行したかった。その想いが、音を立てて崩れていくのが分かった。
もう一度初めからやりたい。やり直したい。でもそうは出来ない。そう思ったら、もうどうでもよくなってしまったの。苛立たしい、やるせない、虚無感、そういった全ての感情が、脳内でぐるぐると渦巻いたわ。
すぐに背面の兵士にナイフを二本同時に投げて、片目と喉に刺した。次に、尚も大声を上げる大男の首を、立てかけてあった斧で両断し、跳ぶように兵士との間合いを詰め、短刀で首の急所を裂いた。兵士の体が、その場にぼとりと落ちる。
はぁはぁはぁ。まったく……。任務にイレギュラーが付きものだとか言ったの誰よ。
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