第二話「朱(あか)の詠唱」2
食事を終えると、ルナリスが山菜を採りに行きたいと言うので、一緒に行くことにした。
陽の具合からすると、現実世界では午前十時くらいか。リュックの様な籠を背負ったルナリスが、跳ねるように歩く。上機嫌だ。
今日の流れは、山菜を採りに行って帰って洗濯して、ほんでもって料理か? それでも時間が余りそうだが、村での生活なんてそんなもんだろう。特にやることもないはずだ。
東京だと今ごろ、朝礼を終えて編集やら電話対応やらで忙しい時間だ。ここでこんな風に過ごしていると、体がすぐに老いてしまうのではないかと不安になる。昔の人が老けるのが早かったり平均寿命が短かったのは、医療の発達とかの前に、こういう刺激の少ない生活が原因なのではと思わされる。
かつては初老と言えば、四十代を指していたらしいが、今では四十代なんて働き盛りだし、六十代や七十代で新しいことを始めようとしている人だっている。人間にはやはり、刺激が大切なのだ。
「おいベビーマシュマロ!」
「あはははは」
不意に聞こえた男の声と、複数の笑い声に現実に引き戻された。
声の方を見ると、ルナリスと同年代くらいの青年が三人笑っていた。小太りの三人組だった。いかにもガキ大将が大きくなりました、という“なり”をしている。「ベビーマシュマロ」と言った子だろうか、その子はルナリスを指さして笑っている。三人は笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。
何事かとルナリスを見ると、彼女は俯いて、背負っていた籠の紐をきゅっと握りしめていた。顔は真っ赤だ。
「ベビーマシュマロって?」
俺が聞くと、ルナリスはさらに顔を伏せて、踵を返して歩き出そうとした。すると、男がなにやら叫んだ。
「フレイム・ルゥ!」
たちまち、男の手から青い火が出た。よくテレビなんかでやっている、一瞬だけ手から火が出るマジックみたいな感じだった。しかしその火は、かつてテレビで見たことのあるそれとは違い、手の平の上で燃え続けていた。
――!? まさか、これが魔法なのか? す、すげぇ、ホントにあったのか。
男はその火を、ルナリス目掛けて軽く振り下ろした。炎の塊が地面に落ち、ルナリスの足元で弾けた。乾いた土が焼け、白い煙が立ちのぼる。
「あははは! これが魔法でちゅよベビーマシュマロちゃん」
男は腰に手を当て、威張り散らかしている。
ルナリスは俺を見て無理に笑って見せた。そして小さく言った。
「行きましょう」
急いで一歩を踏み出した時、またしてもルナリスの足元に青い火が飛んできた。ルナリスは足を止めた。炎が足元で弾け、ぱちりと音を立てる。ルナリスが伏せた顔を覗き込むと、唇を噛んでいた。
それでも、振り向こうとはしなかった。
すると男は、ルナリスの背中に叫んだ。
「おい、カイン先生が城下の道具屋で薬草買って来いって言ってたぞ! 二十束だとよ!」
ルナリスは顔を真っ赤にさせたまま、男の子たちの方へ体を向けた。
「わ、わたしに行けって言ってたの?」
「ああそうだ。お前以外みんな、魔法の演習があるからな」
一人がそう言うと、取り巻きの二人も含め、三人同時に「あはははははは!」と笑い出した。
そうか、ルナリスは魔法が使えないと言っていたな。この三人はいつも、ルナリスに対してこうなのだろう。まったく、子供だなこいつらは。ここはいっちょ、大人の俺がまとめとくか。
「おいおい君たち、この子をそんな風に言っちゃあいけないよ」
俺がそう言うと、すかさず代表格が「あ、記憶喪失のおっさんだ!」と俺の顔を指さして、また笑った。
……こいつら。
怒りを堪えて言葉を繋げた。
「この子は君たちと同じような魔法は使えないかもしれない。でも、俺はこの子の魔法で助けられたんだ。“笑顔”という魔法だよ」
「……」
場が凍った。
言った瞬間クサすぎて、自分でもキモくて背筋に寒気が走った。
「何言ってんだよおっさん、意味わかんねえよ」
ほんと、意味わかんねえ事言っちゃって恥ずかしいです。教師時代の経験が生かせず、二重で恥ずかしい。咄嗟に何か言わなければと思って出した言葉だったが、それにしても酷すぎた。こういうとこが、俺が教師を続けられなかった理由なのかもしれない。
とにかく、今吐いた苦言をいち早く収拾したかったので、「薬草ね、はいはい、俺たちで買って来るから。ほら、行った行った」と笑顔で、三人の背中を軽く叩いて追い払った。
ふう、まったく……。とんだ恥さらしだった。
三人が離れていくのを見届け、恥ずかし過ぎる発言をあえて無かったことにしつつ、ルナリスの方へ向き直り口を開いた。
「んじゃ、薬草買いに行こっk――」
そちらを見ると、ルナリスは胸の前で両手をぎゅっと握り、頬をわずかに紅く染めていた。目が合うと、慌てて視線を逸らす。けれど、またすぐにちら、とこちらを見上げる。それを何度も続けている。
……一体、どうしたんだ?
「おい、行くぞ!」
俺がそう言うとルナリスも、はっとして、更に顔を真っ赤にして俯いた。そして、虫が囁く様な声で、
「は、はい……行きましょう。城下へ」
と鳴いた。
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