第十三話「リィゼ 前編」4
お母さまのお誕生日から数日経ったある日の夜、お城の兵士たちが、何故か村を襲ってきたの。村人たちは鋭い剣で貫かれ、斬られ、見る見る殺されていったわ。
わたしは恐ろしくなって、家じゅうを走り回って隠れる場所を探したのだけれど、貧しい暮らしだったので家具も揃っていなくて、どこにも隠れる場所なんてなかったわ。
お父さまも立ち向かったけれど、お城の兵士に敵うわけもなく、あっさりと首を跳ねられてしまったわ。あんなに大きな体をしていたのに、剣を相手にすると、そんなものは関係なくなっちゃうの。
お母さまはわたしを納屋の奥へ隠して、納屋を出たところで兵士と鉢合わせして、殺されてしまったわ。お母さまは倒れ、こちらを見ていたけれど、わたしは恐怖で動くことが出来なかった。それにきっと、いま出て行くと、お母さまの犠牲が無駄になってしまう。そう思ったの。
大好きなお父さまもお母さまも死んでしまった。わたしは藁の中に隠れながら、声を殺して泣いたわ。
ついさっきまで、みんなで笑いながらご飯を食べていたのに。幸せな時間を過ごしていたのに。そしてまた明日になったら、いつものように平和な朝が来るはずだったのに。どうしてお城の兵士が、ここを襲ったのだろう。ずっとずっと、そう考えていたの。
しばらくすると、誰の声もしなくなったので藁から出たわ。辺りは、襲われていた時の阿鼻叫喚が嘘のように、しんと静まり返っていた。それだけ静かだと、返って怖くなったけれど、納屋のナイフを一本握りしめて、生きている人がいないか捜したわ。村人がひとりでも生きていてくれれば、わたしはまだ生きていける。明日がまた来る。そんな希望を胸に抱いてね。
でも、誰も生きてはいなかったわ。村人はね。
ひとりだけ息がある人を見つけたの。うつ伏せに倒れる、鎧に身を包んだ兵士だった。村人にやられたのか、背中には斧がささっていて、両腕が無くなっていたわ。でも、まだ意識はしっかりとしていた。
「ねえ、おじさん、どうして村を襲ったの」
わたしは泣き腫らした目をそのままに、その人に尋ねたわ。でもその兵士は、唸るばかりでわたしの話は届いてない様子だったの。
そこでわたしは、その人の背中に刺さった斧を引き抜いて、体を仰向けに転がしたの。
仰向けになって初めて、わたしの存在に気付いたみたいで、凄い剣幕で大きな声を出していたけれど、全く聞き取れなかったわ。よく見ると、舌を切られているようだった。だから喋る事ができないのだと理解したわ。
辺りを見ても、この人以外、誰も兵士はいなかった。村が全滅したと思って、撤退したらしかった。
その人を見下ろしていると、相変わらずこちらを見ながら、何かを叫んでいるの。叫びたいのはこっちの方よ。村人を殺してしまって、わたしの日常を奪ってしまって、どうしてくれるんだ、と思い切り叫びたかった。けれど、叫んでも、何も帰ってこない。
そうやってその人を見ていると、あの時の兎を締めた記憶がよぎったの。生きたまま、お腹を開いたら、ってやつね。そしてこう思ったわ。
――そうだ、この人でやろう。
そう決めた瞬間、またあの時の高揚感が全身を駆け巡ったわ。初めて、ひとりで兎を締めていいと言われたあの瞬間と、同じ高揚感よ。
え、相手が兎ではなくせっかくの人間なのに、同じ高揚感だったのかって? それは多分、手負いの人間だったからかもしれないわ。わたしがやりたいのは、無傷で、それでいて、痛みに耐性の無い人間。そう思うと、「この兵士が、村人で動けない人だったらよかったのに」と残念な気持ちが過ったわ。
それでも両手は震え、両膝はかたかたと笑っていたわ。高揚感で全身が震えていたの。
お腹を開いて、内臓を引きずり出して、この兵士に見せつけてやりたい。そうすると、この人はどんな顔をするのだろう。
とにかく鎧が邪魔だけど、こんなに重そうな物、わたしに脱がせられっこないわ。
そこで、手に持ったままの斧を振り上げた。途端、いままで何かを叫んでいた兵士は、戦慄したように顔に影を落とした。ようやく分かったらしい。自分の立場を。
お腹目掛けて思い振り落とした斧の刃は、鎧につき刺さり、鮮血がその割れ目からびゅっと飛び出た。それを見た瞬間、皮膚の下を駆け抜けるような昂りが、全身に巡った。
その時、わたしはどんな顔をしていたろうか。きっと光悦に満ち、紅潮していたに違いない。悦びに身を委ねて、もう一度振り上げ、打ち落とす。
金属と金属が擦れる音の後、鮮血が飛ぶ。それを何度も繰り返し、ようやく鎧が捲れ、お腹が露呈した。
斧が重かったせいで、その時はもう、わたしの息も切れていたわ。
そこで残念だったのは、鎧の切れ口は下へ下へ捲れていくものだから、切れ端がお腹に食い込んで、すでに内臓にまで達していたの。せっかくの体が台無しだったわ。
兵士のおじさんは、恐怖に支配された顔をしていたわ。
裂けたお腹に手を入れたのだけれど、生きている人間って、こんなに温かいんだ、って初めて知ったわ。
どこにどんな内臓があるかなんて分からないから、とりあえず手に当たった内臓を引っ張り出したわ。何かが切れる感触と音を無視して、そのまま思い切り。
その内臓を見せた時の顔といったら、わたしも今まで見たことの無い顔をしていたわ。恐怖でも戦慄でも、そんな生やさしい表現では言い表せない表情。その顔を見た時、また全身に何かが走ったの。経験したことのない昂りを、何度も続けて感じていたせいか、もう自分でも、何をどうしたかは記憶にも残っていないわ。せっかくの経験が、もったいないわよね。
気が付くと、兵士の体は、全身ぼろぼろになっていて、息を引き取る直前だったわ。わたしは懇願した。
「ああお願い、まだ死なないでっ」
必死に声を掛けたのだけれど、息絶えてしまったわ。そうなると、もうそんな体に興味はない。冷めた目で見ていると、背後から声を掛けられたわ。
「うっわぁー、これ、キミがやったのっ?」
振り返ると、修道服に身を包んだお姉さんがいたわ。黒髪で、無邪気な笑顔だった。その笑顔のまま名前を名乗ったわ。
「私はミリアって言うの! カルテナ教団って知ってるっ? そこのミリア・エル・カルテナ! あなたは?」
屈託ない笑顔に、全く敵意は感じなかった。きっとお城の人ではないのだろうとすぐに分かったけれど、やはりそうだった。私も名乗る。
「……リィゼです。リィゼ・ハート」
第十三話「リィゼ 前編」 終わり




