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第一話「悪魔を封印せし者」5

 ひとしきり話終わり黙って歩いていると、今度は彼女が口を開いた。

「そいえば、アリオスの村人たちは皆、魔法が使えます」

「っ!?」

 こいつ今なんて言った? こともなげにとんでもない事を言ったような気がしたぞ。

「みんな魔法が使える? 確かにじいさんが魔導士だとかなんとか言ってたけど、選ばれた人間だけじゃないのかよ。みんな魔法が使えるなんて、俺がそんな冗談真に受けると思うか?」

「冗談ではありません。アリオスの民は、そういう血筋なのです」

 ルナリスの目はいたって真剣だ。それにこいつは、今まで冗談なんて言わなかった。それともあれか、俺が信じられないような話をしたのを嘘だと思って、こいつもぶちかましてきたのか? その可能性はある。それなら、ひとつ証明してもらおうじゃないか。

「へ、へぇー。そんじゃあ、何か見せてくれよ、魔法」

 俺がそう言うと、ルナリスは肩を落としてかぶりを振った。

「それが、お恥ずかしいのですが……。あの村でわたしだけが、魔法を使えないのです」

 ほうら見てみろ。やっぱりこいつ、俺にかましてきやがった。

「おいおい、すぐにバレる嘘はつくなよ。魔法なんてあるもんか。大人をからかうな」

 するとルナリスは、歩みを止めてこちらをまっすぐ見た。

「嘘ではありません。あなたの体の傷も、魔法で癒して頂いたものです」

 確かに、そう言われると信ぴょう性は増す。体についていた傷はどうかは分からんが、いくらなんでも、腫れていた右足は数日で治るとも思えない。

「わたしは魔法も使えないので、水汲みや村のお掃除しかできません。本当に……村の恥さらしです」

 麦わらのつばを掴んで、顔を隠すように下げた。

 これは本当に……俺をだまそうだとか、そんなつもりで言いだしたことではなさそうだ。魔法があるだなんて信じられないが、あながち嘘ってわけでもなさそうだ。村に戻ったら、その真偽も確かめてみよう。記事にも出来そうだし。



 村を出て一時間ほど経っただろうか。ようやく、俺が倒れていたという場所に到着した。

 確かにじいさんの言っていた通り、そこは山のたもとで、目の前は岩ばりになっていた。ここに洞窟の入口があって、ここから出てきたところで俺は気絶した。それが俺の記憶だ。

 そこには何も無かったが、入口があったであろう場所から外の景色を見てみた。すると、確かにその景色は、俺が気を失う前に見た山並みの光景だった。特徴的な峰を連ねていたので間違いはないし、数か月前の記憶というわけでもないのだ。目を覚ますまでの日数は聞いていなかったが、経っていたとしても数日だろう。最後に見た光景には自信があった。確かにここで間違いはないのだが、洞窟の入口が消えている。

「なあルナリス、この山って、どこにも入口は無いのか? 洞窟の入口みたいな」

「入口……ですか。この山にそんなものはないかと思います。おじいちゃんが言っていたように、この山を越えて、正反対側にあるにはありますが、この山の入口になっているかは分かりません。えっと、つまり、この山の内部に繋がっているかは分からない、という意味です。そもそも、この山が空洞という話も聞いたことがありません」

「そう……なのか」

 俺が肩を落とすと、ルナリスは「すいません……」と小さくこぼして、俯いた。

 岩肌をいくら撫でても入口が出てくるわけでもないが、どこかに形跡がないかをくまなく観察してみた。しかし、神話みたいに突然岩が割れたり、なんて奇跡が起きるわけでもなく、ただただ時間だけが過ぎて行った。

 陽が傾き始めた頃、ルナリスが口を割った。

「そろそろ戻りましょう。夜になる前に村へ戻らないと、魔物が出てきてしまいます」

「ま、魔物!?」

 声が上ずった。魔物とは穏やかではない。ライオンだとかトラだとか、そう言う野生の猛獣ではなく、魔物……。

 恐る恐る聞いてみる。

「魔物って、どんなやつなの?」

 ルナリスは、降ろしていた麻のリュックを背負いながら答えた。

「魔物は、ニホンにはいないのですね。色んな魔物がいますが、特にどう猛なのは、グラウロスでしょうか。簡単に言うと蛇の様な生き物ですが、肌は岩の様に硬く、目はマグマの様に赤く光っています。地を這う龍とも言われており、全長は50mを超えるものもいます。普段は大地の裂け目に潜んでいますので、夜に出歩かなければ平気です」

 え、ええええ!! 何それ!? そんな生物聞いたことないんですけど! ってか、そんなのいたら大スクープでしょ!

 ……薄々感じていたが、もしかしてここは、地球じゃない? のか。

「それからバルモルガといって、霧の様な――」

「な、なあルナリス」

 俺はルナリスの説明を、途中で制した。そして意を決して聞いてみた。

「ルナリス、地球って、知ってるか?」

 するとルナリスは、目を細めて「チキュウ、ですか?」と小首をかしげた。

「じゃあさ、この星って、なんて名前で呼ばれてるんだ?」

 そう聞くと、ルナリスは細めた目を、更に細めて、こんどは訝し気な表情を浮かべた。

「ホシ……って、何ですか?」

「星って、つまり、この大地のことだよ。この大地があの太陽の周りをぐるぐる周ってるんだろ」

 だがルナリスは、尚も目を細めたままだった。

「タイ、ヨウ……?」

 そうか、なるほど。

 魔法といい魔物といい、そして何より、洞窟で俺の命を救った“マシュマロのベッド”といい。あんなの現実であり得るわけがない。あれも魔法の一環なのだろう。

 魔法――そうだな。今俺がおかれている状況がもし“そう”だとするなら、洞窟で見かけた魔法陣も納得がいく。漫画やアニメ、それにラノベの定番となっている“アレ”だ。やはり俺は、


 ――全然違う世界へ来てしまったのかもしれない。


 しかしそれなら、ひとつだけ、どうしても説明のつかない事があるのも事実。それは、先ほども確認をした、今俺が見ている景色。その連なる峰に見覚えがあるということ。この光景は、洞窟に入る前にも見ていた。その事実だけは揺るがない。

 胸ポケットからくたくたになったアカマルソフトを取り出して火をつけた。吐き出した煙は宙に舞い、すぐに消えた。

 ったく、どういうことなんだ。俺は一体、どこに迷い込んじまったんだよ。

「雲みたいですね」

 声の方を見ると、ルナリスがこちらを見て微笑んでいた。人の気持ちも知らないでいい気なもんだ。

 ルナリスは踵を返して、「さあ、急ぎましょう」と歩みを進めた。と、その首筋に、洞窟の底で見たものと同じ紋様が、一瞬だけ見えた。いや、一部しか見えなかったから“同じ”かどうかは分からない。

 しかしそれは確かに、魔法陣だった。




第一話「悪魔を封印せし者」 終わり


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