第十話「折れない刃」2
咄嗟に前方に飛び込み、怪物の足元に転がった。その“足”を間近で捉えた瞬間、全身に鳥肌が立った。地面に這う根は無数にうねり、絡まりながら蠢いていた。そいつらの動きは根と呼ぶよりも、ミミズと形容した方がしっくりきた。
先ほどの経験もあって、次の攻撃に身を備え見上げたが、今しがた振り下ろされた右手は地面にめり込み、左腕はだらりと垂れているだけだった。めり込んだ右手も動かず、一向に次の攻撃に転じようとはしなかった。
こいつもしかして、動きの速度だけではなく、動作そのものも遅くなっているのか。それなら恐らく、一撃の威力も落ちているはずだ。全快にはならないにしても、初手をガードしたガルドになら受け止められるだろう。
これならやれるっ、俺たちにも!
足元から伝わる振動で、地面にめり込んだ手が上がろうとしている事が分かった。ゆっくりと、土をぼとぼとと落としながら上がっていく。
悠長にしていると、次の攻撃が来る。ガルドとトウカの回復はまだか?
確認をするが、まだ二人とも倒れており、ルナリスは双方に手をかざして回復をしているところだった。
この調子ならまだ、あと二、三撃は耐えないといけないかもしれない。だが、集中していればきっと躱せる。今のこいつなら、大丈夫。
今度は、俺が足元にいたこともあってか、怪物は片足を上げた。蠢く根たちが地面から抜け出す様子が気持ち悪く、背筋に寒気が走った。俺は急いで、足が届かないであろう場所まで走った。
よし、ここならだいじょう――
そう思った瞬間、頭上に乾いた木々の軋む音が聞こえた。見上げると、手のひらが落ちてきていた。体勢を気にする余裕もなく、思い切り地面を蹴って後方に跳んだ。受け身など取れるはずもなく、頬が地面に叩きつけられた。直後に揺れる地面。またしても、やつの手のひらは、地にめり込んでいた。
危なかった。通常の速度だったなら、間違いなく潰されていた。
踏むと見せかけて、手のひらで攻撃する算段だったのか。この怪物……しっかりと考えて行動してやがる。のろまになったからって、舐めてかかるとやられる。
ルナリスは、相変わらず魔法をかけ続けていた。――おいおい、一体いつまでかかるんだ。持久戦になると、こちらが不利になることは明白だ。一刻も早く、立ち上がってくれ。
その後も二発、三発、と怪物の攻撃をやり過ごしていたが、いよいよ六発目が横から薙いで来た時だった。身を翻した瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。これまで瞬発力でのみ躱し続けていた疲労が、こんなところで出てしまった。
激痛で思わずその場に倒れ込んだ。防ぐ姿勢を取る間もなく、もう、迫りくる手のひらを見つめる事しか出来なかった。
――その時、トウカの背中が目の前に現れた。現れたというより、残像の様に揺らめいた姿が、そこに出現した。その姿は、一瞬だけ右手が動いたかと思うと、一閃、長い髪をなびかせ、低く構えたまま静止した。まるで今まで、何も無かったかのような静けさが訪れた。
直後、迫っていた手は俺を弾き飛ばすことなく、目の前で散った。小間切れになって、緑の樹液が飛び散る中で、トウカが刀を“カチン”と鞘に納めた。
ほんの一瞬の間に、一体何度斬りつけたのだろう。
トウカは俺を一瞥すると、そびえる巨体に視線をやった。その目は冷淡で、本当につまらないおもちゃでも見る様な目をしていた。そして瞳を縦に細くして言った。
「反撃開始だ」
第十話「折れない刃」 終わり




