第十話「折れない刃」1
見上げる巨体は、胸から上が無い状態だ。それでも尚動いている不気味な光景に、全身に寒気が走った。一歩、また一歩と地面を震わせる。この怪物、不死身なのか?
ルナリスに視線を向けると、彼女は怪物を見上げ戦慄していた。両手に握られたステッキは怪物に向けられてはいたが、その目は恐怖におののき、先ほどの鋭い眼光は消えていた。
ルナリスの魔法でもダメなら、もう、だめかもしれない……。しかも、しばらく魔法は使えないはず。
頭部を失っても動いているのなら、やはりガルドの言っていた通り、背中の魔法陣をどうにかしなければいけないのかもしれない。しかし俺やルナリスでは、背後に回る前にやられてしまうし、跪かせる為の手段も浮かばない。……絶望的だ。
それなら、ルナリスの残された魔力でトウカを回復させて、彼女になんとかしてもらうのはどうだろうか。
怪物は腕の振りこそ早いものの、歩く速度は遅い。動きの素早いトウカなら、何とかなるはず。……いや駄目か、自由の利かない空中とは言え、トウカもやつの攻撃をまともに受けていた。反応すら出来ていなかったように見えた。
それならガルドがいいのか。ガルドは一発ではあったが、攻撃を受け止めていた。二発目では横からの攻撃で吹き飛ばされてはいたが、初撃で体勢を崩されていたからではないだろうか。二度目なら、きっと受け止めてくれるはず。
だがやはり、攻撃を受け止めたとして、誰が素早く背後に回ると言うのか。走るだけでは、凄まじい瞬撃の餌食になるだけだ。
――それなら。
「ルナリス!」
俺はステッキを構えるルナリスを呼んだ。するとルナリスは、怪物から目を離すことなく返事をした。
「はい!」
「いいか、とりあえず俺がそいつの気を引く! その間にガルドとトウカを回復して欲しい! 出来るか?」
「魔力はあまり残っていませんので、二人の回復となると全快とはいきませんが、なんとか!」
「詳しくは後で説明する! 頼んだ!」
俺の声に頷くと、ルナリスはふらつきながらも、急いでガルドとトウカの元へ向かった。俺はルナリスと入れ替わり、怪物の足元へと駆けた。
改めて間近で見ると、相当でかい。足がすくむ。だがしかし、そんな事は言っていられない。死ぬのが怖いからこそ、覚悟を決めるしかない。歯を食いしばり、でかぶつを睨んだ。
「おら、かかってこいよ」
虚勢ではあったが、言ってみると少しばかり自信が湧いてきた。それに、俺には僅かながら“保険”が掛かっているかもしれない、なんて希望も持っていた。万が一死んでしまっても、元の世界に戻るだけ。これは全部夢で、目が覚めたら自宅のベッド。そんな希望だ。それなら、この世界で死ぬことは、全然アリだ。
剣を握る手に、力を込める。
だが、ただじゃあ死なない。俺にだって意地がある。さっき殴られたお返しくらいしないと、腹の虫がおさまらねえ。目の前の怪物にもだが、一番は、こいつを召喚した術士にだ。犯人と思しきルガートを、この手で一発ぶん殴らねえと気が済まねえ。
待ってろよクソ野郎。その余裕めいた綺麗な顔に、でっかい痣作ってやるからな。俺がこの世界で死ぬのは、その後だ。
乾いた木々の擦れる音に、頭上を見上げる。大きく振り上げられた腕が、俺を捉えていた。足踏みを改め、素早い攻撃に備える。
振り上げられたまま静止していた腕は、わずかに木の軋む音を鳴らすと、そこから一気に落ちてきた。
――早いっ。
分かっていても、やはり早い。が、初手を食らったあの攻撃に比べると、明らかに遅かった。もしかしたら、胸部から上を失ったダメージが、尾を引いているのかもしれない。
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