第九話「絶望の足音」1
やると決めた心の奥底で、ひっそりと隠れている“怖い”という感情。僅かでも隙を見せると、そいつに飲みこまれてしまいそうでならない。膝は震えるが、これは武者震いだ。そうだろ、俺。
静かな空間で、デスロートたちが肉を貪り食う音が響き、肌を生ぬるい風が撫でる。
構える剣が、炎の光を反射して暗闇を照らす。すると、一匹のデスロートの鼻先が暗闇から、“ぬっ”と出てきた。そいつは咥えていた物をぼとりとそこに落とすと、牙を剥き出しにしてこちらを威嚇した。
落とされた物からは、未だに鮮血が流れており、もぎ取られた傷口からは、骨の様な白い部分を覗かせていた。ミリアの腕だった。指先は痙攣しており、見るに堪えないものだった。
心臓は早鐘を打ち、息も荒くなる。「俺も、こうなってしまうのか」と、そうよぎってしまう。
ガルドはデスロートに向かって剣を構えた。威嚇するデスロートの牙からはよだれが垂れ、俺たちの様子を伺っている。近づこうとはせず、距離を保ったまま、じりじりと周囲を回る。すると、もう一匹、もう一匹と、闇から次々と姿を現した。
ガルドとトウカは、俺とルナリスを守る様に挟んでくれている。ルナリスは、相変わらず泣きじゃくっており、両膝を着き頭を抱え「……リアさん……ミ……アさん」と繰り返していた。
こいつには、人が死ぬというのはショックがでかすぎたのかもしれない。しかもそれが、“仲間”となれば尚更だ。あののんびりした村で、あの優しいじいさんに育てられたんだ。このイレギュラーな事件が、心に大きなダメージを与えても不思議ではない。その優しい心が、壊れなきゃいいが。
そう思った直後、ルナリスは電源が落ちたみたいに、突然その場に崩れた。
「お、おい、ルナリス!」
俺は慌ててルナリスを抱き起したが、完全に意識を失っていた。脳が防衛措置で、思考回路をシャットダウンしたのかもしれない。解離性失神とか言ったか。強烈なストレス、恐怖、ショックで、脳が現実を処理しきれず意識を遮断する防衛反応だとか、以前テレビで見たことがあった。きっとそれだろう。
「大丈夫か!」
ガルドは囲むデスロートを警戒したまま、こちらに声を掛けてくれた。
「あ、ああ、ルナリスが気を失ったが、脳にストレスがかかった為だろう。しばらくしたら起きるとは思うが……ここを打破できるか」
俺が言うと、トウカが背後でぼそりと呟いた。
「油断したら、一瞬だ」
その言葉に、背筋に冷たい物が伝った。ガルドやトウカですら、やはりこの数では太刀打ちが難しいのかもしれない。ミリアがいてくれれば、超級魔法で一掃してくれたろうに。お前は……どうして。
付き合いは決して長くはなかったが、あいつの屈託のない元気な笑顔が、いくつも脳裏によぎる。お調子者でバカだけど、憎めない存在だった。正直、人間としては結構好きだった。
ミリア、お前がいてくれてたら、こんなどうでもいいイベント、すぐに終わっちまうはずじゃなかったのかよ。でかい魔法で、デスロートどもを焼き払ってくれてたんじゃないのかよ。そして今頃は、星空の下、野営でのんびり過ごしてたんじゃないのかよ。
全部お前のせいだぞ。
「お前のせいだぞミリアー! クソ野郎がよぉ!」
俺は全身に血を巡らせ、怒りに身を起こした。それは仮初ではあったが、それでも昂らせるには十分だった。
俺のその咆哮とともに、デスロートたちは襲い掛かってきた。まるで意思を持っているかの様に。
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